ナカマサニッキ
nakamasa.exblog.jp
トップ | ログイン

フォトグラファー中川正子のニッキです。
カテゴリ
全体
profile
最近のオシゴト
旅
日々のこと
撮影のこと
見たもの聞いたもの読んだもの
以前の記事
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
LINK
 OWL COMPANY 
(あんまり更新できませんが…)

silent breeze
中川正子作品はこちらで購入できます。

 
エキサイトブログ
XML | ATOM

skin by excite
2010年 07月 30日
キャベツ頭
サイがはじめて熱を出した。みるみる上がる体温計のすごい数値にただおろおろする。いつか来ると思っていたけれど、とうとう。どうしようどうしよう。かわいそう。本人、にこにこしてるけど。あわあわしてトシオに電話。冷静なトシオ。動転とまらないあたし。ああ代われるものなら代わってあげたい。冷やしてあげるくらいしかできずにただずっとずっと見つめて夜が更ける。熱を下げるのに効果があるというキャベツを祈るようなきもちで頭にかぶせて。様子を見に来てくれたママが言う。「ママもそうやってまあちゃんのおでこにタオルのせてずーーっと見つめてたよ」みんなこうやって大きくなってきたんだろうな。

翌朝、熱がひいてたのしそうに笑うサイを見て、ものすごくほっとして思わず涙がでた。
よかったよ。よかったよ。
まったくもう、あたし、泣いてばっかりだよ。


# by nakamasa1107 | 2010-07-30 21:28 | 日々のこと | Comments(4)

2010年 07月 29日
LORO
LOROのフォトストーリーです。



サイがまだ2ヶ月になる前にはじめて一緒にいった思い出深い撮影です。みなさまに感謝。

# by nakamasa1107 | 2010-07-29 16:16 | 最近のオシゴト | Comments(1)

2010年 07月 24日
真夏の土曜
ウィリアム・エグルストン。とても好きな作家のひとり。真夏日の原美術館。尋常じゃない汗。濃い影を踏む。サイはちかごろ雄叫びをおぼえた。トシオはサイを抱き上げて、芝生を裸足で歩かせる。喜ぶサイ。喜ぶトシオ。ふたりは同じ笑顔。いつか見た気がする光景。ずっと昔に。とてもなつかしいようなきもちで何かがこみあげる。泣きたくなる。体温と同じくらいの気温のせいで、蜃気楼を見てる。遠い花火。揺れて、燃える夜空。




# by nakamasa1107 | 2010-07-24 21:15 | 日々のこと | Comments(4)

2010年 07月 23日
『鈴木成一 装丁を語る』
装丁家の鈴木成一さんの本がでました。
その名も『鈴木成一 装丁を語る』!!

我が家の「これは保存版」本棚にも鈴木さんの装丁の本が何冊あるか、もう、わからないくらいです。とても、いっぱい。

鈴木さんがこれまで手がけられた約8000冊の中から120冊が紹介されています。
その中に私が撮影を担当させていただいた石田衣良さんの『美丘』と武田双雲さんの『たのしか』が。撮影時のエピソードなども。



ひやあせいっぱいかいて撮った写真です。なつかしいなぁ。ドラマになっていますね。
見てないけど、吉高ちゃん、美丘役きっとぴったり。

鈴木さんとは、宮沢和史さんと私の共著の『旅の響き』で装丁をやっていただいて以来(10年前だ!)、鬼塚忠さんの『Little DJ』、宮沢和史さんの『言の葉摘み』、あと『野性時代』の表紙、などでお仕事させていただいています。ディレクションの言葉はほんとうに、最小限。よけいな口出しは一切しない、というやり方です。たのしいです、とても。




# by nakamasa1107 | 2010-07-23 00:25 | 最近のオシゴト | Comments(4)

2010年 07月 22日
『暮らし上手の台所』
『暮らし上手の台所』という本でだいすきなワタナベマキさんのお料理を。



いちじくのバニラコンポート。絶品。

サイもみんなにかわいがってもらって、よい撮影でした。
マキさん、みなさま、どうもありがとうございます。
# by nakamasa1107 | 2010-07-22 23:39 | 撮影のこと | Comments(0)

2010年 07月 22日
さささっと
かみさまはちかごろ、朝夕にうつくしい色をすべらせるのがおスキなもよう。空に。
さささっと。

今日もよい一日。きっと明日もよい一日。



# by nakamasa1107 | 2010-07-22 20:46 | 日々のこと | Comments(2)

2010年 07月 21日
レイヤード
南国のようなうだる暑さの日々。じぶんの日焼けどめもそこそこに、というか、塗るひまもなく、サイには日よけを必死でかぶせる。じりじりする肩。あついねあついね。はじめての夏だね。

あたしとサイがいっしょに写っている写真があまりにもないのでトシオに撮ってもらった。携帯で、だけど。そこに写るあたしはびっくりするくらい若いときのママの写真にそっくりだった。色白でちっちゃくてチャビーなママと浅黒くてでかくて骨っぽいあたしはまるで似ていないと思っていたけれど、なんか、そっくりだった。笑い方も似ている。ああものすごくふしぎな気がする。おすまし顔のお見合い写真で出会ったパパとママに起こったこと、ひとつでも何かが欠けていたらサイどころかあたしもここには存在していない。時間は流れていく。こんなことを考えているこの間にも。今えらんだこの分かれ道がいつかなにかにつながっていく。縁のふしぎさと強い日差しでくらくらする。

長く思える時間のかたまりは、ちいさなちいさなできごとのレイヤーが無数に重なったもの。すくってはこぼれていくようなできごとは確実に積み重なり地層を作っている。ハレの日のできごとだけではなくて、どうでもいいような、ことも。日々のごくふつうの営みがものすごく大切に思えるのはこういうとき。毎日炊くごはんもぱりぱりに乾くシーツも歩く景色も月のにじみも交わす言葉もやわらかい肌も大きい肩に乗る小さい背中も。そして、それを全部なんてぜったいなんてムリだから、せめてほんの少しのてがかりだけ、写真で残してみたいと思うのも、こういうとき。



# by nakamasa1107 | 2010-07-21 22:59 | 日々のこと | Comments(1)

2010年 07月 12日
あたまの中の白い壁に
あたしの倍の長さを生きているすてきな女性に、今のご自分を想像してここまで来られたのか、聞いてみた。

「やりたいことをする、じゃなくて、やりたくないことは、絶対にしない、というふうにしてきたのよ」

ってにっこり笑っておっしゃった。とてもすてきだと思った。まさにそう生きてこられたはずの笑顔だったから。

5年後10年後の自分をしっかりと目標のように設定して生きて行く、そういうひともすばらしいと思うけれど、あたしはなかなかそれが、できない。そんな設定、ちっともできない。でも、いつも、その代わり、よいタイミングで絵が降りてくる。まるで思い出のあるシーンのように詳細までくっきりとした、一枚の写真のような。音さえも聞こえるような、においまでするような。でも、ある一瞬を切り取ったもの。既視感の逆のような。

あたしはその絵をいつもとても頼りにしていて、あたまの中の白い壁にかっこいい額に入れて飾っておく。すると、いつか、その絵にとても似た自分であることにきづいておどろいたりするのだ。その絵をかかげながら、やりたいことをやり、やりたくないことをやらないように生きていこう。どんなに、小さな選択でも。毎分毎秒。

つい最近、最新のバージョンの絵が届いた。いつものように前触れもなく突然に。
そう来たか、と思った。でも納得。見れば見るほど。
あたまの中の壁にかけてみた。とっても、いいかんじだった。何度も眺めてしまった。


# by nakamasa1107 | 2010-07-12 14:49 | 日々のこと | Comments(4)

2010年 07月 03日
3 months old
今日でサイは生後3ヶ月。おめでとう。あたしも母になって3ヶ月。おめでとう。3ヶ月前に比べて彼は飛躍的にいろんなことができるようになった。体の重さは倍に。見えなかった目が見えるように。声は大きく意思を伝えられるように。比べてあたしはどうだろう。同じようにすさまじいバージョンアップ、できてるかな。できてるといいな。

昨日もいっしょに撮影に。今日は朝からずっと話していた。いろんなことを一緒にしよう。たのしいたのしい毎日。これからもどうか、どうか続きますように。




これからサイに手紙を書こうと思うのだ。ほんとうにほんとうにほんとうにだいすきだよって。
いつか読んでね。





# by nakamasa1107 | 2010-07-03 13:33 | 日々のこと | Comments(8)

2010年 06月 29日
ベーシックルール
サイをだっこして近所を朝から散歩。むしむしして南国のようだね、タイには水かけ祭りっていうのがあってみんなびっしょびしょになるんだよ。へんな色の水を飲んでカメラぬれてこわれちゃったけどおもしろかったよ。そんなことを話しながら歩く。

ふと。前からあやしくふらふらとこちらへ向かう自転車が。ふーらふらと酔拳のごとき動き。あーーまずい。あぶない気がとってもする。運転するのはけわしい顔つきで肘を突っ張らせながらハンドルを握りしめるおじいちゃん。目が合う。目が離せない。ぜんぜん離せない。

きききききーーとけたたましいブレーキの音をたてながらおじいちゃんは、あろうことかあたしとサイに向かってまっすぐに突進してきたのだ。(たいしたスピードじゃないけど)そう、あたしは重要なミスをおかしてしまった。こういうふらふらチャリのおじいちゃん/おばちゃんとは決して目を合わせないこと。じゃないと彼らはますますてんぱっちゃうから。これはベーシックルールナンバー1なのに!サイの5cm手前まですべりこむおじいちゃんのチャリのかご。そして怒鳴りまくるおじいちゃん。「なにしてるんだ、あぶねーだろ!」サイに物理的危険がここまでせまったのは初めてだったので激しく動揺していたあたし。ちょっとちょっとそれはこっちの台詞よ。怒鳴るおじいちゃんについ100倍返しで何かを言おうとしてしまう。
でも。ダメダメ。ダメだマサコ。そうじゃないはずだ。イージーイージー。カームダウン。

生まれてからもうすぐで3ヶ月のサイはめくるめく愛のワンダーランドに生息している。彼をとりまくものは愛しかない。家族、ともだち、彼と目を合わせるにんげんたちはみんな愛で彼をつつんでくれる。サイはそれを疑うこともなく受け止め完璧な安心の中にいる。(ように見える)
大人になってからもずっとずっとそんなワンダーランドに住めたらどんなにかいいだろう。ふわふわのぴかぴかの世界に。でも、きっと、いつかリアルワールドに出てくる時が来る。おとぎの国にいなかった登場人物もでてくるかもしれない。はげしいできごともあるかもしれない。でもそんなときのベーシックルールをサイに教えられたらいいなと思う。あたしもまだトライしている途中で、今日みたいなときはうっかり忘れそうになる、たいせつなルール。

それは「あたえたものはかならず返ってくる」という世界的に有名なあのルール。天に向かって唾吐く者は‥という話でそれを教えたネイティブアメリカンのひとたちを始め、古今東西のひとびとがいろんな形で伝えてきた話。あたしも日々、肌で感じてきたルール。じぶんのまわりを見渡すと世界はじぶんの手渡してきたものでできていることがよくわかる。誰のせいでもない、じぶんの責任で選び受け取り、切り取ってきた世界。怒りや悲しみやうらみやねたみや。そんなものをもう誰にも渡したくない。できるだけ。それがじぶんにもし向けられてきたら、もう、ここで止めてここを最後にして蒸発させてしまいたい。できるだけ。

手渡すものはもう、愛と光と感謝だけにしたい。できるだけ。

ぐるぐる回り続ける完璧な愛の循環。あたしとサイのあいだに今あるものはまさに、それだ。これを拡大して虹色の広い広い世界を作れるだろか。できる気がする。やってみる価値はすごく、ある。






# by nakamasa1107 | 2010-06-29 11:39 | 日々のこと | Comments(4)

2010年 06月 23日
もし、は、なしで。
ずっとほったらかしていた5年日記を取り出した。あらら半年もつけてないし。あんなにやる気まんまんだったのに!でも去年の4月のあたり、最も熱心につけていたあたりから読み返すとおもしろくて夢中でもりもり読んでしまう。なんだか知らないひとの日記みたいだよ。このころのあたしに今の日々を見せたらどう思うだろう。まちがいなくびっくりだ。休日に9時に起きたとやたら自慢げに書いている去年のあたし。ちょっとちょっとそれ早起きじゃないから!今は4時とか5時よ。うふふ。

5行ずつの日記に、最初はみっちりと、きもちや感じたことを書いていた。でもだんだんとめんどくさくなって箇条書きで事実だけがぽつりぽつりと書かれている。やーね、まったくあたしらしい。でも。不思議なことにその方が、そのときのことがよりありありと蘇る。ささやかな点と点をつなぐみたいに、忘れていた空気がもわりと浮かび上がってくる。あたしを包む空気とあたしの中の空気みたいなものが。きんと冷たかったりざわざわしていたり、くっと密度が濃かったり、透けていたりいいにおいがしたり。いろいろな。

ふと出産前後からのできごとを手帳を見ながらつけていく。夏休みの最後の日に2ヶ月分をまとめてつけてたみたいに。事実だけをぽつぽつと。首がすわりかけてきたサイを膝にのせながら。

記憶はあるけれど、過ぎ去った日々のじぶんのあれこれをどこか他人事みたいに書きとめながら、あたしは他人事みたいに好感を持った。すでにこの2ヶ月であたしの毎日はものすごーーく変化している。サイとの初めてのことで笑っちゃうくらいムダに見える七転八倒も多いし、たまにどうしようもなくだらけてるけど、全体としてはとてもいっしょうけんめいでいいことだ。明日世界が終わるくらい、ってほどではないけれど、でも、なかなかに。真剣に泣いて真剣に感動してやたら笑ってる。これは自信を持って、結果はどうあれ少なくとも、やるだけやった、と言える毎日。それはあとからちらりと思いだしてもじぶんに対して胸を張れるし、くだらないifを発生させない。そういうの、スキ。とてもしあわせ。もしも、なんてエネルギーは過去にじぶんをひっぱりこんじゃう。そういうの、いや。あたしは今を見たい。大きな事件じゃなくってちいさくて愛だらけの今が塵のようにふわりふわりと積み重なってきづくとどこか未来にいるんだろう。そのころあたしたちには、そこから何が見えるんだろう聞こえるんだろう。たのしみ。

おっと。今日もあっというまに半分おわり。太陽がでてきた! 

これからしあわせ全開のマミエ家へ。彼女と出会ったときと比べたらふたりとも人生変わりすぎ。おもしろいね。また毎日、日記、ちょこっとつけてみよっと。振り返るため、というよりは、刻んでそこに置いて行くために。


# by nakamasa1107 | 2010-06-23 16:26 | 日々のこと | Comments(2)

2010年 06月 19日
間違いのないお買い物
『間違いのないお買い物』という本で友人のJUN OKAMOTOの作品など、いくつかご紹介させていただいています。だいすきな『暮らしのおへそ』チームの作った本で、モノの本というよりは、生きるスタイルの本みたいなかんじがしました。出会いが満載の日々の中で、どこを、切り取るか、というそれぞれのお話。

こんな表紙の。

# by nakamasa1107 | 2010-06-19 18:42 | 最近のオシゴト | Comments(0)

2010年 06月 16日
冒険の日々
とうとう梅雨。雨の音が好き。家で静かに過ごせるから好き。雨の日を好きになるようにいろんな理由を考えてみているけれど、やっぱり正直に言えば、晴れの日がスキ。あたしは外でいつも走りたい。比喩としての走りではなく、実際に。でもむすこサイと一心同体で一緒のいま、雨の日はとたんに慎重な動きになる。これまではパリジェンヌを気取って(パリジェンヌがほんとうにそうなのかはちゃんと確かめる必要があるけれど)傘をささずにダッシュ、があたしのスタイルだった。かっこいい。あたし濡れててジェーンみたい(←ばか)。でも今はムリ。じょうぶに野生的に育てたいと思っているけれど、生後2ヶ月のこどもを雨にさらすのはやりすぎだ。だから傘をしっかりさしてゆっくり歩く。最短距離で。できれば雨をふたりで窓の外に見るだけで、でかけたくないくらい。

きのうはサイを連れて撮影だった。いつものなかよしのみなさんとの昼からのゆったりとした撮影。4時間で終了。スタジオの隅でおりこうに寝ているサイ。以前だったらそのあといくつも予定を入れてしまうくらいだったけれど、今のあたしはもう、これでじゅうぶん。(あ、リーくんの展示会には顔だしたけど☆) いままでふつうに寝ぼけていてもできていた行動の数々をサイといっしょにクリアするだけで、じゅうぶんにスリリング。オンタイムに現場に到着する、ということひとつにしても、それまでにいくつも立ちはだかる試練たち。いいかっこしようと思ってよそいきの服を着せたとたんに笑顔で吐かれ、ひさしぶりにちゃんとメイクしようと思ったら甘えて泣かれ、そうこうしていたら彼はおなかが減ったらしい。おっしゃ。授乳。あーーそんなときに急ぎの電話がかかってきたーー。ごめんなさーい、今手がまったくはなせませーーん。あっというまに過ぎる時間。ふう。5時に起きてからすでに5時間経過。ひとつ撮影が終わったくらいのきぶん。マスカラ、てきとうにぬっちゃったよ。

トシオはあたしには負荷が必要だという。物事に飽きやすく、達成感への欲求が高いあたしはマンネリズムに陥る前に負荷を自らかけなさい、と。たしかに、かけようと思うまもなくあらゆるタスクに相当な負荷がかかっている今の日々は、すべてのことが新しく、たのしく、やりとげた感がある。あたしが昨日、乗るべき電車の一本前に乗車してひとりにんまりしていたのは、自分にしか理解できない強烈な達成感がこぼれおちてしまっていたからなのだ。今朝起きてから洗濯も干し掃除もしてサイに2度授乳をしたあとちゃんとイカした服(セカンドチョイス)を着せて、あたしはアイラインまで引けて今電車に乗れた。ああ我ながら鮮やかにタスクをこなしたわ。いえい。こういう日々のタイニーなささいすぎることが、すべて、挑戦の対象。こどもに戻ったみたい。弟ひでくんと回数券をにぎりしめ電車に乗って4駅先のスイミングスクールに行って帰ってくることが、大冒険だったころ。あのときスイミングのあと飲むジュースはほんとうにおいしかった。そして今のあたしは大冒険のあと、ごほうびに家でサイと思う存分いちゃいちゃするのだ。そんでトシオが帰ってきたら冒険の報告をして、いっぱいほめてもらうのだ。


# by nakamasa1107 | 2010-06-16 08:22 | 日々のこと | Comments(3)

2010年 06月 10日
夜中に書いたラブレターみたいに
喜怒哀楽。にんげんにはいろんな感情があって、相当いろんなきもちを経験してきたと思っていたけれど。あまかった。まだまだ知らないきもちがあった。あたしは自分以外の誰かをこんなにも全力で守りたいと思ったことは、なかった。単純な喜怒哀楽にはあてはまらない、新しいきもち。家族や夫を大切に思うきもちはものすごく強い。でも、それは守る、というのとは少しちがってともに歩く、というきもち。まだ自分では立つこともできない小さなサイ。日々表情の種類を増やして、天使の微笑みのサイ。まっすぐ一点を見つめて一心不乱に飲み続けるサイ。この2ヶ月で撮ったおびただしい数の写真の何十倍何百倍も、あたしの中にはこの子がみっちりとしっかりと刻まれて存在していて、もう、どうしようもなくだいすき。すきすぎてひとりえーーんって泣きだしたいくらい。やっと生え揃ってきた髪も、マッコウクジラのようなおでこも、あたしと同じ茶色の目も、笑う顔も、あげる声も、小さい手も、小さい口も、小さい耳も。ぜんぶぜんぶ。この子に害を及ぼす何かがあればあたしはほんとうにちゅうちょなく、彼を自分の体で守るだろう。ぜったい。

毎日24時間一緒にいる。言葉は話せなくても目の動かし方で、声の高さで何を伝えたいのか正確にわかる気がしてくる。ものすごく濃い関係。ああこんなすごい奇跡みたいな時間、あとどのくらい過ごせるのかな。きっときっとあっというまに大きくなってどこかに飛んでいってしまうんだろうなぁ。あたしがそうだったように。ずっと続くわけじゃないから、今を大切にしたい。何も見逃したくない。ぜんぶ、見ていたい。

あーあ。ものすごいラブレターみたいになっちゃった。しずかな夜に書くとこんなことに。いつか読み返すときのためにこのままアップしちゃおう。おやすみなさい。


# by nakamasa1107 | 2010-06-10 00:14 | Comments(3)

2010年 05月 31日
桃の缶詰
カレンダーが3月のままだった。世田谷の家に戻ってきた。息子のサイといっしょに。ドアを開けたとたん、外国に長く行って帰ってきたみたいなふしぎなきもち。実際、そうなのかもしれない。あたしははじめての国に行ってきたのかもしれない。そしてその間に世界は変わっていたのかもしれない。戻ってきたと思ってるのはあたしだけで、別の世界にそのままスライドしているのかもしれない。春樹さんの影響をがっつり受け過ぎかもしれない。そして暦が変わった。ビフォアサイとアフターサイ。BS/AS。

冷蔵庫には胎児だったころのサイの超音波ポートレイト写真。ソファにはからだをあたため続けていた使いかけのお灸。ハンガーには分厚いコート。陣痛当日に食べた桃の缶詰の空き缶。(陣痛が始まったとき、あたしは世界中のたべものの中でダントツに、何年もたべていない桃の缶詰が突然たべたくなったのだ。そして痛みの合間によろよろと買いに行ったのだ。それ以来、とてもだいじなたべもの。)4月2日のあたしの暮らしがそのまま、ひっそりと冷凍保存されていたような、ふしぎな気配。知っているけれど、とても、遠い。

サイが寝ている間に寝室のドアを閉めて、掃除をした。妊娠についての本を見返して、本棚にしまった。妊娠している間に書いた日記を読み返し、もう一度、冷蔵庫の超音波写真を見た。毎日毎日物語の中のあこがれの人物を思うみたいに見てばっかりいた写真。ぼんやりとした宇宙人みたいな画像に自分の中であれこれ補足して顔かたちを、声を、想像していた写真。

ふとドアの向こうからものすごいボリュームの泣き声が聞こえて、あわてて駆け寄る。生きているサイがほんものの声を出して、ほんものの涙をほんものの両目から流して泣いていた。クイーンサイズのベッドの中心に小さく、赤く、ころり、と転がって。フィクションの人物が突然現実化してそこにいるようで、とても信じられないようなきもちになる。あの、5mmしかなかった黒いぼよんとした点みたいなものがこんな確実な存在になったなんて。なんてふしぎなんだろう。なんてすばらしいことなんだろう。なんてなんて。

だいぶしっかりしてきた55cmのからだをぎゅうぎゅうと抱きしめた。よく来たね、こちらの世界に。暦はアフターサイになったよ。AD2010年はAS1年だよ。そんなあやしいことをつぶやきながら、一緒にぐうぐうとねむった。





# by nakamasa1107 | 2010-05-31 12:37 | 日々のこと | Comments(6)

2010年 05月 25日
むげん
駅の橋を渡るときふと振り返ると太陽がぼうぼうと真っ赤に燃えていた。信じられないくらいまっかっか。いいものを見た。カメラを持ってなかったことが残念。でも目にプリントしておこっと。ここ最近のきもちといっしょに。

数日前、あたしはおいおいと0才児のように泣いたのだ。36年間生きてきて、今までの経験値でたいていのものごとは笑顔でたのしくすてきにこなせるようになっちゃったなんてすっかり思い込んでいたらしい。努力すればたいていのことは思惑どおりにうまく行かせられると。でもこどもを育てるというジャンルでは、あたしはずぶのしろうと。ビギナーもいいとこ。理想どおりにイメージどおりにおしゃれにすてきにできるなんて、そんなわけなく。何時間(じゃないかもだけれど、そんなふうに思えるほどの長い時間)もよくわからない理由でえんえんとキープスクリーミンなむすこを抱いてあたしも負けずにえんえんと泣いてしまった。親子合唱。こんなに心細くなったことがひさしぶりすぎて。みっちり半身浴したかったし、読みたい本もあるし、午後はでかけたいし。ていうか、あたし起きてからずいぶん経つのにまだ顔も洗ってないし。そんな、どうでもいいようなちいさなことばっかりだけど、なんにも思い通りにいってないことがかなしくて。そしてむすこのことが大好きすぎるので、もう、どうすればいいのかわけがわからなくて。

こんなきもちになれたのも彼のおかげだ。あたしは、できるやつでもいけてるひとでもなんでもなく、ほんとーーーうに、人間としてまだまだなんだ。ある特定のジャンルでは経験を積んだかもしれないけれど、そんなの、ほんとうに、人生トータルでみてみればたった一部のこと。ビギナーであるってなんて心細くてなんて、まっさらなんだろ。おとなの、あたしの、理屈なんか通用しないこの新ジャンルの初心者。かたまったきもちをトシオにいっこずつほどいてもらって、両親にたすけてもらって、遊びにきてくれたともだちたちにこんなあたしの話をしてみんなでげらげら笑った。あたし、マンガの続き読みたいよとか言って本気で泣いてたんだよぅ。げらげら。ああ、みんなに支えられていまのあたし。

そんなとき、サッカーの本田選手の「スポーツ大陸」を観てつい涙がでてしまった。泣くとこじゃなかった気がするんだけど、彼の発するエネルギーの高さにあおられて、きっと。なんか、あたしもまだまだまだまだぜんぜん、できることがいっぱいある、って思わされた。彼は自分はやれる、というあざやかなイメージを何度も何度もスチール写真にして、映像にして、頭の中でまわすのだろう。できない、と思ったらそこで、向かうエネルギーがすべてぱたりと途絶えるのだろう。「思う」ことってなんてすごいんだろう。そう思ったら、無限に思えた。



こんなことでもないと見つける機会がなかったどしろうとな自分。おふろにすぐ入れないってくらいでえんえん泣くとってもださい自分。ここから始めるのって、ある意味、伸びしろ、無限。

そんなことをまっかっかな太陽を見て思いました。
そのときの腕の中のだいすきなむすこはエンジェルライクな寝顔。いつか彼が大きくなったら今日のこと、話そっと。



# by nakamasa1107 | 2010-05-25 20:58 | 日々のこと | Comments(11)

2010年 05月 22日
蜜月
ふたりきり。休みなく動き続ける手足と繊細なつくりものみたいなまつ毛をじっと見つめ、早い息づかいとたまにもれる小さな声を静かに聞いてぐっときて、ときどき抱きしめているだけですっかり数時間すぎてしまった。なんていうことかしら。あぜん。あたしの胸におもいきり吐かれてもまったく平気。泣きたかったらたくさん泣いていいよ。ただそこに生きていてくれればいい。それだけで信じられないくらいしあわせだから。ちょっと笑ってくれたら夜空にもそこだけ白く月の光が差す。すごい。とんでもない運命の恋みたいだ。盲目ぎみの。こういうのをめろめろというのだろう。まいったまいった。盲目上等。





# by nakamasa1107 | 2010-05-22 17:06 | 日々のこと | Comments(11)

2010年 05月 18日
ちゃくちゃくと
平和でなにもないようでほとんど退屈なくらいの一日を、あとで最高にしあわせだったと泣きそうなきもちで思い出すことを知っているから、先回りしてもう、胸がぎゅっとしてえんえんと泣きたくなる。忘れるわけがない、と思っていることをあっけなく忘れてしまうことも知ってるからもう、必死で写真を撮る。少しでも残したい、てがかりを。ああ気が早すぎるあたし。永遠なんてないから、今、しあわせなんだけれど。それも知ってるけどさ。毎日が確実に前に前にと進んでいく。それを否応なしに思い出させてくれるこどもがとなりで笑えるようになっている。めまいがするくらいいとしい。こうしてる間にも細胞がじわじわと浮いて剥がれ落ちていく。あたしも彼も、みんな。光る風が五月のにおい。


# by nakamasa1107 | 2010-05-18 15:35 | 日々のこと | Comments(3)

2010年 05月 12日
miffy x miffy x miffy
ミッフィーの55才(?)のお誕生日を記念した写真集「miffy x miffy x miffy」に参加させていただきました。世界のいろんなところにミッフィーがキュートにひそんでいる、かわいい写真集です。講談社から。本屋さんで見かけたらぜひご覧くださいませ。

私はうさこちゃんがだいすきで育ったので、とってもうれしい機会でした。景くん、誘ってくれてありがとう!





この写真はmiffy x miffy x しんちゃんです。しんちゃん、完璧な走りをありがとう!


# by nakamasa1107 | 2010-05-12 15:37 | 最近のオシゴト | Comments(2)

2010年 05月 09日
真剣そのもので
ああ毎日が濃く、刻々とすぎていく。同じことの繰り返しがとにかくもっとも苦手なあたし。あかんぼうとの単調な日々に耐えられるんだろうかなんてぼんやり思っていたのはまったくの杞憂だった。日々起こることは同じように見えてぜんぜん同じことなんかではなく、目に見えて着々と育つ顔、身体。まるまると大きくなっていく。そして、圧倒されるあまりたまに爆笑してしまうくらいの、彼の生きることへの本能の強さ!たとえば、あんなに切実に食事をすること、あたしは、決してない。感心感心。すごい。生きぬくことにこれほど全力で真剣な生き物とこれほど密接に対峙し続けたことは、はじめて。それによってあたしの視力、聴力も飛躍的によくなったのでは、と思えるほどに小さな変化へ自分が反応していることにおどろく。泣き声のバリエーションが増えたことに気づき、彼と見る景色は初めて見るもののようにいつも新しくみずみずしくって、つい、立ち止まって涙ぐんでしまう。



この最高に愛らしい彼がこの世界に生まれたときに、もし、あたしももう一度生まれ変われたんだとしたら、そんなおもしろいことはない!あーー今日もすばらしいお天気でむずむずする。やばい、世界は猛烈にうつくしい。3人で冒険にいこっと。


# by nakamasa1107 | 2010-05-09 09:41 | 日々のこと | Comments(3)

2010年 04月 29日
強い風の吹く、春の午後に
桃色の八重桜がぼよんぼよんと豊満にえろく揺れる完璧な春の午後。あたたかく明るいだけじゃなくてこういう強い風が吹く日がだいすき。

むすこを連れてトシオを見送りに実家の最寄りの駅に歩く。あたしは昔のひとの教えを忠実に守り、出産してから1ヶ月は外に出ないようにしていたので、ほんとうにひさびさの外出。シャバの空気にくらくらする。やわらかくバウンスしていない、直接届くするどい光も1ヶ月ぶりで、すっかり白くなった(あたしにしては、ってくらいだけど)肌を容赦なくきりきり照らす。見知らぬ他人がたくさん歩いたり走ったりしている。軽自動車とヤンキー(いまだヤンキーを大量排出しているように見える、この街は)の原チャリはあたしたちの肩をかすめて爆音で通りすぎ、いちいち心臓がとまりそうになる。ああおそろしい。まったくなんて野蛮な場所なのかしら、外界って。温室育ちですっかりヤワになりさがったあたしでした。そして歩いてたった10分の距離がめくるめく発見の連続。出所したひとってこんなきもちなんだろうなぁ。シャバ。

中学1年から大学に入るまで暮らしていたこの街を、ちいさいにんげんを抱いて歩いて帰る。一歩ごとにおそってくるのは強烈なデジャヴ。部活帰りに食べたアイスとか、ずっと座って話した植え込みとかお気に入りのショートカットとか。聞こえてくる踏切の音につい走りたくなる。あたしは伸びまくった前髪を中2の時に買ったバレッタでとめてすっぴんで歩いているけれど、でももう、13才じゃないのだ。時間は確実に前に進み続け、後戻りは基本、ない。そしてあたしは今、ちっちゃくてあったかい、生き物を抱いているのだ。信じられないことに!




だいすきなともだちが電撃結婚することをさっき、知らせてくれた。
きゃーーーーーーーーCongrats!!!
うれしくて泣きそう!!!


# by nakamasa1107 | 2010-04-29 17:41 | 日々のこと | Comments(3)

2010年 04月 24日
海棠と乙女椿
実家の庭に咲くピンク色の二種類の花を毎日眺めている。ぼっこりした椿のような花と桜のような小さな花。対照的な思春期の女子みたいな二本の樹。窓の外で雨に濡れ風に揺れる。ずっと見ている。ぜんぜん飽きない。

パパに名前を訊いてみた。海棠だよ、と即答。となりのむっちりした花は乙女椿だ、と。初めて聞く名前。海棠は中国から来た花だ、と。そんなことを花なんてタイプじゃないパパが当然のように知っていることにも、おどろく。

この家をパパが建ててから23年。庭に咲く花になんか一度も、ちーーっとも、興味を持たなかった。あたしは夢中になってやってきたことと、置いてきぼりにしてきたことの差がものすごい。それにうすうすきづいては、いた。ずっと遠い遠い場所に刺激を求めて旅をしてきたような気がする。深い夜から、強い光、文字通り地球の裏側のリズムの中にまで。でも、今は、半径3mの中に強い驚きがある。散る花びら、毎日毎日繰り返す暮らしのルーティン。単調に見える日々の営みが黙々とつながっていくゆるぎない、強さ。そんなことに、いちいちおどろく。そして、なんだか、それをうれしく思う。レンズ前のフィルターを変えたみたいにちがう色に見える、世界。

これが、やっと、やっとたどりついたあたしの振り出しなのかもしれない。これから少しずつ取り戻していこっと。たとえば、庭の花々と木々の名前を全部言える、というようなあたりまえの、ことを。





# by nakamasa1107 | 2010-04-24 10:31 | 日々のこと | Comments(3)

2010年 04月 21日
『通学路』写真展
福岡デザイニング展2010のIMSで『通学路』の写真展が行われています。
今日から25日までです。

http://www.designing10.jp/

わたしはざんねんながら行けないのですが。
ラーメンたべたいなぁ。

どんなかんじか、福岡にお近くの方々、ご覧になったら教えてください☆

# by nakamasa1107 | 2010-04-21 15:40 | 最近のオシゴト | Comments(5)

2010年 04月 19日
日々変りゆく
あかちゃんを見ていると猛烈に毎日毎日変化をとげることに驚いてしまう。あれだけ盛大に母乳を飲んでいたら、それはそうだろうなぁ。自分の体重の1/3くらいの量をがぶ飲みエブリデイ。おとながそんなに飲食したら、と思うとそれはそれはそれはものすごい量。供給者のあたしもそりゃばくばく食べるわけだ。まったく、ここ最近、思春期の男子のように食べている。ばくばく。

そんな彼は昨日とは、あきらかにちがうことができるようになっていたりする。ひとまわり大きくなったようなむちむちの顔と、今やおそろしいくらいの力であたしを蹴る脚、振る首。こんなペースでむくむくと成長していたらあっというまにヒゲがぼうぼうと生え、野太い声であたしを呼ぶようになるんじゃないかと思うくらいに。(きゃーー)

今のこの匂いも声も動きも重さも、今しかないから、どれもしっかり捉えて、見逃したくない。
育つ姿はうれしいけれど、変りゆくことに胸が、すごく、ぎゅっともする。

彼をみていて気づかされるのは、あかちゃんじゃないあたしたちにだって、ほんとうは、同じことが起こっているのではないかということ。ゆるやかに、でも確実に、日々古い細胞をぽろぽろと落とし、新しく生まれ変わっているはず。その、ゆったりとしたスピードは、おだやかすぎてつい、変化を忘れさせてしまうくらいで。でもふといつか、すっかり変化した自分と目の前のひとにきづいたりするのだ。

あたりまえのようにあることが、いるひとが、けっして永遠などではない、ということ。





# by nakamasa1107 | 2010-04-19 12:25 | 日々のこと | Comments(6)

2010年 04月 16日
ちいさなひと
食べる、排泄する、眠る、食べる、排泄する、眠る。たまに声をあげて泣く。その永遠のループ。こんなにシンプルな暮らしがあるかしらとそんなムスコをみていて思う、つくづく。人生の目的とは、とか、焦りとかやきもちとかあらゆるめんどうなものとはきっぱり無縁な様子で。ただただ本能のままにぐんぐん生きて日々成長していく。確実に。古い皮はぽろぽろと剥け落ち、その下からはあたらしいつるりとした肌があらわれ、それもまたやがて剥けていく。ほっそりとしていた脚も腕もみるみる筋肉をつけ力強くなりばたばたと動く。泣き声のバリエーションも増える。10日間でこんなに劇的にちがうフェイズに進むとは。そのスピードにはほんとうに、驚くしかない。毎日毎日、あたらしいことが何かおきてる。たった一日写真を撮り忘れると後悔してしまうくらいに。ああ、まったくちっとも目が離せないわー。

赤ちゃんらしからぬ、とよく言われるこの子の強い目のせいか、あたしのもの、というかんじがふしぎとしない。3kgちょっとのやわらかいからだを抱くたびに、この子を何があっても守りたい、というきもちはこらえきれないほど生まれるのだけれど、それでも、「あたしのもの」、はちょっとちがう。いや、だいぶちがう。彼のその黒々とした深い目をのぞきこむと、小さなからだをした、ひとりのにんげん、というかんじが広がる。あたしたちはたまたま、今は親子という形で出会ったけれど、いつかどこかで今とはちがう関係で何かだいじな時を過ごしたことがあるよね、そんなような、とてもふしぎなきもち。ああやっとまた、出会えてよかった。生まれてきてくれて、ほんとうにありがとう。さ、今日8回めのごはんの時間よー!





# by nakamasa1107 | 2010-04-16 00:27 | 日々のこと | Comments(5)

2010年 04月 06日
うつくしい季節に
4月3日の夜明け前に、おかげさまでぶじげんきな男の子を出産しました。

永遠みたいな苦しみのあとに待っていたのは、想像をはるかに超える圧倒的な喜びでした。彼が生まれてからずっと、あたしは今までに感じたことがない種類のしあわせの中にいます。新しい命の持つエネルギーのすごさに、驚き続けています。

そんな日々も今日で4日め。授乳をしながら、出産のときの写真をはじめて見返しました。つい数日前なのに、はるか昔のことのよう。

あたしはこの子に10ヶ月ずっとずっと会いたかった。
そしていま、目の前にいる。やわらかくて、生きている。目をひらいて、息をしている。

そう思うと、ただただ出会えたことが純粋な奇跡に思えて、涙がとまらなかった。もう、感謝、しかない。

あまりに涙がとまらないので、彼に手紙を書きました。

あたしたちのところにきてくれて、ほんとうにありがとう。ずっと、しあわせに生きて行こうね。
なにがあっても、ぜったいに味方だから。



これから毎年桜をみるたびに、あたしはこの春を必ず思いだしちゃうだろう。
なにをかけても守りたいひとが生まれた、うつくしい季節として。




※
応援、ご心配いただいたみなさま、ほんとうにほんとうにありがとうございました!!
写真ものせたいのですが、またおちついたら。。
だいぶ先になっちゃうと思いますが!
# by nakamasa1107 | 2010-04-06 22:57 | 日々のこと | Comments(30)

2010年 04月 02日
いってきまーす
なんだかこれから、生まれるような気がします。

しばらく旅にでますので、ブログ更新はむずかしいと思います。あちらの世界のことはまだ、なんにもわからないのですが。地球の裏側を始めいろんな国に行きましたが、あちらへは、初ジャーニーなので。ふふふ。ツイッターくらいはできるかも、しれません。

いつも読んでくださってるみなさん、ありがとうございます。
またこちらに無事戻ってきたら、どうぞよろしくお願いいたします☆

では、いってきまーす。



# by nakamasa1107 | 2010-04-02 17:33 | 日々のこと | Comments(3)

2010年 03月 26日
月ばかり
いつになく月ばかり見ている。月をみあげるのは元々すきなことだけれど、今月はいつもに比べようがないほど特別に。細かった月がむくむくと丸く膨らんでいくのを、日が暮れるとともにそわそわして見ている。今月は満月が2度あるブルームーン。もうすぐ、くる。あたしのおなかも月とともに、毎晩みるみる生き物のように膨らんでいるような気がする。先生によると、おなかの中のひとはもう人体としての装備はばっちりなので、いつ生まれてもいい、とのこと。そうなのか。でも、なんだかさみしくてまだもうちょっといてもいいよ、とこっそり話しかけているあたしがいる。自分ではないにんげんとこんなにも一体化し続けた日々なんてこれまでに(あたりまえだけど)ほんとうになかった。この10ヶ月間は、何があってもぜったい離れないあたしたちだった。ほんとうにたのしかった。たくさん動いてくれてありがとう。いろんなものを一緒にみてくれてありがとう。まだ、離れたくない。ような気がする。外にでてきたこのひとを直接抱きしめられることはもちろん、このうえもなくたのしみだけれど、でも、この、圧倒的にあたしたちはひとつである、という感覚がもう終わるのかと思うと、どうしようもなくせつなくてさみしい。

はじめての場所への長い旅にでる前になんだか似ている。これからの日々、新しい場所や出会いが身震いするほどたのしみ、でも、これまで慣れ親しんだあの暮らしにはもう、もどれない。そんなふうな。もうエアチケットも取った、家も引き渡す手続き完了。あとはただ進むのみ!! という時のような。
そんなきもち。



# by nakamasa1107 | 2010-03-26 22:29 | 日々のこと | Comments(10)

2010年 03月 22日
おめでとう
春の嵐が吹き荒れて空が高く抜けたうつくしい日に、弟のとしちゃんが結婚した。6才下でちっちゃかったとしちゃんもきづけば30才。へんなかんじだけれど、あたしが36才なんだからあたりまえだなぁ。彼がとてもりっぱな大人になっていて不思議なきもち。今、もし弟として会わなかったら、なんてりっぱな青年だ、どうやって育ったらこんなすばらしいひとになるんだろうと思うだろう。でも弟。ふしぎ。ま、一緒に暮らしてたのなんて12年くらいだしね。人生の半分もない。あたしなんて1/3だわ。そして彼はもはや中学生ではない。よい友達とよい仲間に囲まれてしあわせそうで、ほんとうによい結婚式だった。パパもママもうれしそうでほんとうによかった。お祝いのきもちに満ちている空間はほんとうにしあわせ。家族みんなが集まる機会を作ってくれてありがとう。まりちゃんとずっとおしあわせにねーー。





今日はHAPPAに2時頃からしばらくいるつもりです。こんな直前の告知でごめんなさい!!
目黒川の桜も見がてら、いらっしゃれる方はぜひお越しくださいね☆



# by nakamasa1107 | 2010-03-22 09:50 | 日々のこと | Comments(3)

2010年 03月 20日
『野性時代』
『野性時代』の表紙と巻頭で大森南朋さんを。




わたし、俳優さんで誰がスキ?って聞かれたら大声で大森南朋さん!!って答える、ものすごーいヒューージファンなので、とってもうれしい撮影でした。(うれしいなんて言葉じゃ足りなすぎ)写真集を作るんだろうかってくらいの勢いで撮りました。


# by nakamasa1107 | 2010-03-20 17:08 | 最近のオシゴト | Comments(1)

< 前のページ 次のページ >