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フォトグラファー中川正子のニッキです。
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2009年 11月 15日
THIS IS IT
金曜、高野寛さんのライブを観にいかせてもらった。2階からみていて、お客さんたちがほんとうにうれしそうに立ち上がる瞬間、高野さんもものすごくうれしそうで、音楽でシンプルにみんながしあわせになっていた。なんだかすごく泣けてしまった。名残りおしそうに最後までずっと楽しそうだった高野さん。いろいろご一緒させていただいているけれど、高野さんのことはほんとうには知らなかったと思った。すごくかしこいひとだというかんじがする。かしこいひとがシンプルであることは時としてむずかしいことになると思う。かしこさが足かせになってしまう。でも高野さんはすごく身軽だった。かっこよかった。

土曜、ヨコハマ国際映像祭で谷川俊太郎さん原案のプラネタリウム。ねころがって空を見て、ほんとうに世界を旅をしたようだった。きらめく星、ひとびとの熱い声。バイーアの空。また行きたいな。山川冬樹さんの作品をひとりぼっちで観た。音と光が完璧なタイミングのインスタレーションだった。終わってから真っ暗闇の中、ずっと動けなかった。(それにしても高木由利子さん撮影のポートレートはかっこよすぎる!!)あと、アルフレッド・ジャー の『The Sound of Silence』。この上もなくシンプルな手法なのに、衝撃がすごすぎた。ジャーナリストたちだけでなく、それを見る側のひとびとも、ぜひ!! 

日曜、今日はは起きたらすばらしいお天気。こないだ観にいったけど満席で観れなかったマイケルのTHIS IS ITをリベンジで観にいく。今度はウェブ予約して。スマートだわー。ふふふ。この映画については今度他に書く予定があるので、ちょっとだけ。とにかく、自分がこんなに感動してしまうとは予想していなかった。涙がただただ、たらたらとでてきて、ああすっぴんで来てよかったって思った。見終わって感想を話しあうだけでまた涙がでるくらいずっと震えた。タイトルの『THIS IS IT』はいろんな解釈があるみたい。これで終わりって意味だというのをどこかのリビューで読んだけれど、それじゃあマイケルの言いたかったことがぜんぜん伝わらない。あんまりだ。あたしは彼がITで表したことはこんなふうな意味だと思う。最後の歌を聴いて確信。This is the kind of love that I've been trying really hard to share with everybody in the world. とか。そういう。マイケル、ちがったらごめんなさい。でも、そうだよね? loveじゃなくてmessageでもいいかもしれない。同じこと。もうおじさんになってもいい年なのに、天使みたいだった、マイケル。ああ書きすぎちゃった。この映画については、また別の機会に。

# by nakamasa1107 | 2009-11-15 20:24 | 見たもの聞いたもの読んだもの | Comments(2)

2009年 11月 13日
バナナケーキ
昨日は雨。寒くて風邪を引いてしまったので一日溶けるくらい寝まくって治す。雨の音を聞きながらグレゴリオ聖歌をかけていたら、ほんとうに天国みたいになってきちゃったので、あわてて高木正勝さんにチェンジ。ていうかそれじゃ天国の続きみたいなものだよ!と自分につっこみつつ、ブラジルの音楽にして地上の世界に。正気を取り戻す。今日はおかげで完治。わーい。風邪を初期で退治するのに成功するとうれしい。

今日はだだだっと仕事をして、よしもとばななさんの日記にもよくでてくるお店に行こうとまつながちゃんと待ち合わせ。ばななさんがいたらどうしようねぇなんて話しながら向かったら、ザンネンながら定休日。でもたまたまいらっしゃったお店の方がものすごく吸引力のある方で、少しお話しただけでなんだか一気にどこかへ遠く旅に行ったようなきもちになる。いろんなことがおもしろすぎてものすごいテンションで大笑いしながら、やっぱりいつものお店へ行くことに。おりりんもあとから合流して、次から次へといろんな話がまったく止まらず。登山の話、北海道の話、編み物の話、新月の話、アファメーションの話、ヤノマミの話、シュタイナーの話、最近観た映画の話、こいばな、ものすごい偶然の話と、流星群の思い出。あとなんだっけ? トピックが多すぎて思いだせないくらい、たくさんのことを。なんか笑いっぱなし。まつながちゃんとおりりんはほんとうにあたしにとって、ハワイの大地みたいなかんじがするともだち。

あっというまに5時間は過ぎていて、鵠沼のまつながちゃんの終電が気になり始め。デザートでも頼もうと思いメニューを見ていて、みんなでバナナのケーキに釘付けに。このお店、もう10回以上(ぜんぜん、もっとかも!)来てるけど、一度もぜんぜんバナナケーキには引かれなかったのに、今日はもうなぜか断然バナナケーキ。オーダーしてふとお店のドアの方を見るとばななさんがいらしていた。今日あたしたちが話していたいくつかのトピックはばななさんの影響で知ったことだったりするし、昨日一日家でずっと読んでいたのは全部ばななさんの本だし、ていうか、初めて読んだ20年前くらいから今まで、どれだけの時間を彼女の作品と過ごしてきたかなんてもう、それは、もう。ってくらいのばななさんが、そこに立っていらしたので、泡をふくかと思いながらまつながちゃんにあわわと言う顔を見せたら、ふだん冷静沈着なまつながちゃんが挙動不審で、それはそれはとてもレアな光景。ああだからあたしたちはバナナケーキ。。。それまで話していたことを全部わすれるくらいの衝撃。

ファンだからということで一方的に迷惑をかけるような声の掛け方はしちゃいけない! でも、今何か(何かはわからないんだけど。この興奮を? えっとえっと…)伝えたくて、おそるおそる声をかけたら、とてもにこやかに応えてくださった。あたしは職業柄、ラッキーにも著名な方々にお会いする機会が多いので、そんなにいちいち舞い上がったりしないようにはなっているのですが、ばななさんは特別すぎるし、仕事じゃないし、で、はっきりいって、頭がまっしろになってくるくるぱーでした。ばななさんがていねいにお話ししてくださるので、ますますあわわとなって、わけのわからないことだけを言っていたようです。(おぼえてない) あああそんなどうでもいいことを言いたいんじゃなくて!! 
「同じ時代に生きていてほんとうにうれしく思います。ありがとうございます。」
そう言いたかったのです。いつかまたお会いできたらがんばって言おうと思います。これからもそのものすごい感受性でいろんなものを受け取って、時に苦しくても、がんばって生き抜いて作品を書いてくださることを祈っています。

(てがみ?しかもですます調に。)

ってことがさっきあったのでした。ライブレポートみたいな速度で書いてしまった。
あああすごい夜だった。ピース。おやすみなさい!



# by nakamasa1107 | 2009-11-13 00:27 | 日々のこと | Comments(3)

2009年 11月 08日
旅みたいに
砧公園を自転車でぶいんと飛ばしていたら落ち葉が思いっきり顔に当たって視界が一瞬奪われて(ってほどでもないんだけど)ものすごくびっくりした。秋。寒くなってきたので去年途中まで編んだマフラーの続きをちまちま編み始めることに。こないだ電車で向かいに座っていたおばあさんが複雑きわまりない模様編みをおそるべき速さで編み進めている様子からまったく目が離せずうっかり乗り過ごすところだったのだ。市井のひとびとの中にはふつうにすごい人がいる。感動した。そしてふと、じぶんの単純きわまりない編みかけのマフラーのことを思いだしたのでした。かなり気にいっている極太毛糸でもりもり編む。目に見えて増殖していく編み目。もりもり。なかなかカワイイ。ま、毛糸がカワイイからふつうに編めば当然かわいくできちゃうんだけど! ふふふ。寒い季節はあまり好物じゃないけど、このマフラー巻きたいから多少寒くてもいいかも。(トシオに編んでいるのだけれど、自分が巻きたくなってきた!!!)単純作業をある一定の時間続けると、なんだか不思議な静けさで頭が整理される気がする。絵のワークショップでただただパステルを塗っているときと同じあの真空なかんじ。秋には真空の頭が似合う。無音で透明な頭。それにしてもあのおばあちゃんの技術、すごかった。ほほえみすら浮かべていた…。

今週もいろんな生き方のひとびとに会えてごはんをたくさん食べて、なんだかすごい濃さだった。ステキなひとはどんなジャンルに集中しているにせよ、簡素で力強くてやさしいなと思う。こういうひとは食べたらおいしいだろうなぁと思う。(こわい…) 選択の基準が揺れない。揺れていても、揺れ方にもスタイルがある。(ように見える。)東京に住むそういう、あまりにも魅力的なひとびとを見ていると、すべての瞬間の選択次第でここではどんな人生でも可能なんだろうというかんじがしてくる。ほんとうに、どんな人生でも。荷物をまとめてさよならを言って、飛行機に乗って外国に住む、そんなことと同じ種類のことができる。できるだけノイズを減らして、ほんとうに聞くべき音だけを聞いていれば。ノイズを減らすには持ち物を減らすのがいちばん。身軽に。毎日持ち物を点検したいくらい。重いものも軽いものも、ほんとうに必要か、どうか。ライオンズマンションなのにどこか外国みたいな家でケリーが作ってくれたDonna Hayのレシピのおいしいコースを食べながら思った。なんだか世田谷じゃなくてストックホルムにいるみたいだ。行ったことないけどね!! 
毎日が旅みたいに。もぐもぐ。


# by nakamasa1107 | 2009-11-08 22:13 | 日々のこと | Comments(4)

2009年 11月 08日
ナチュリラ KIDS
ナチュリラKIDSの表紙などです。
根本きこさんファミリーです。



最初ジュンくんときこさんに会ったときはまだ二人は二人だけだったのに、今や家族メンバーの数は倍に。リクは赤ちゃんだったのにすっかりやんちゃになり。しあわせが増えていて、ほんとうにステキでした。

# by nakamasa1107 | 2009-11-08 10:01 | 最近のオシゴト | Comments(1)

2009年 10月 31日
みかんデイズ
あーーーいい天気すぎる!!掃除して洗濯してでかけよっと。快晴の日に悲しい歌を聞くとあがるあたしです。今日はファド。まぶしい太陽の光にかなしいかなしい歌。あー合いすぎる!! この人の歌をリスボンで聞いた夜、彼女は次の日が結婚の日だったのだ。その声は打ちのめされるくらいの切なさだった。切なさに裏打ちされたしあわせの予感。だったのかな。

今日が10月最後の日だときづいて信じられないきもち。1年は52週だったかなぁ。ちかごろ週単位で時間が過ぎていく。ウィークデイが全速力で週末にスローダウン。25mプールの潜水に似ている。夢中で潜水してあちら側の壁にタッチしたらあっというまに25m。陸上をやっていたときのインターバルの練習にも酷似。400m全速力で走って1分休憩。そしてまた400。こんなふうに過ごしていたらあっというまに52回ターンしてしまいそう。速い時期と遅い時期とが必要だと思う。今はきっと、速く進むべき時期なんだろう。たのしいから、いいのだ。たのしいかどうかが大事。頭が日々起こるできごとをぜんぶ処理できないまま眠くて夜はばたんと寝てしまっているので、朝日に照らされて5時、その続きでいろいろアイディアが浮かびすぎて起きてしまう。あああ朝から興奮。忘れないように書き留めたりしてばたばたしていたら、トシオが起きてしまった。ごめん、昨日遅かったのに。朝からオーバーヒートぎみのあたしと一緒に散歩にでてくれる。近所中の公園に行って、ブランコにいちいちぜんぶ一緒にのって遊んだ。アイアムサムのカメラアングルで自分たちを見た。この人がいなかったらあたしはあっというまに宇宙の果てに行ってしまうだろう。ありがとう。

ハナレグミの武道館。武道館でも野音でも、そこがどこでもタカシくんは、同じように歌う。ひとりのひとが紡いだメロディと言葉があんなにたくさんの人々をいっぺんに動かし、あたたかいきもちにさせる。簡単に使いたくない言葉だけれど、奇跡みたいだと思った。

それにしてもみかんがおいしくて近頃一日に15個くらい食べている。一日一袋。右手の親指がきいろい。過ぎたるは、だと思うからちょっと考えものだなぁと思いつつも、やめられない。家でも移動中でも撮影中でも、帰ってからも。剥けば食べられる、ハンディですばらしいすっぱいくだもの。食欲の秋なのだ。昨日の夜遅く帰って、死海レベルにバスソルトをたっぷり入れたお風呂にゆっくり入りすぎてタコのようにのぼせる。窓を開けてナイスブリーズだわーとすっぱだかでみかんを食べていたら、向かいのマンションのおねえさんがこっちを大きな目で凝視していた。うちの窓はあちらの外廊下に面しているのでだいじょうぶかなぁと思っていたのだ。ふふふあまかった。みかんはすっぱい。目があった。そらさずしばらく凍り付いたようにこちらを見ていた。キャンドルに囲まれてすっぱだかでみかんをぱくぱく食べているあたしはさぞかしふしぎな眺めだっただろうなぁ。一人暮らしであろう彼女はきっとこわかっただろう。申し訳なく思いました。近いいつか海辺の高台の大きな窓の家に住もうと思った。そして思う存分こころおきなく裸族で暮らすのだ。ららら。



トシオが設計を担当した根津美術館がオープンしました。この建物は青山の気配を変えたと思う。人々も街の景色の重要な一部だけれど、建物は更に大きく、動かずそこにずっとある。人々の毎日に責任のある、すばらしい仕事だと思いました。景色がどれだけ人のこころに影響するか、それはほんとうに計り知れないほどだと思う。つくづく。





# by nakamasa1107 | 2009-10-31 10:05 | 日々のこと | Comments(3)

2009年 10月 26日
雨ふりの月曜に
一週間が風のようにすぎてしまった。びゅうびゅう。おそるべきスピードで起こったすばらしいできごと、会ったひとびとのことをみるみる忘れていくので書き記しておきたいけど、ちかごろパソコンのきぶんじゃないのでまたいつか書こうと思います。昨日はこないだ撮影したアーティスト、LOVEちゃんのイベントに行く。手塚眞さんとの対談とライブ。LOVEちゃんはものすごいポジティブな風を出していて、すばらしかった。愛の戦士ってかんじだ。そして手塚眞さんの言葉に震えるほど感動した。あまりにも興奮してしまって後で手塚さんにも熱くそうお伝えしたら、聖母みたいな(って表現もへんなのだけれど)おだやかな顔で、笑ってくださった。うるっとしてしまった。

「これから物事を選択していく上で、基準はとてもシンプルでいいと思うのです。それは、より美しいと思える方を選ぶこと。そしてできるだけ壊さない方法を選ぶこと。」

より美しい方を。より壊さない方を。

人生はあらゆる選択に満ちている。
そのすべてのタイミングであたしの基準となる予感!!興奮!!


# by nakamasa1107 | 2009-10-26 18:36 | 日々のこと | Comments(2)

2009年 10月 18日
出し惜しみなく
あーーーいい天気!昨日だいぶ遅かったしずるずると寝てたいけど、まちがいなく、ばつぐんのぞうきんがけ日和。これは起きるしかないなぁ。高野寛さんの新しいアルバムを聴きながら部屋中猛烈にふいてすっきり。床がつるつるだ。ひんやりきもちいのでしばらく床でごろごろする。高野さん、円熟ってかんじがする。高野寛ここに極めり、といった。かっこいいなぁ。

出し惜しみのないひとびとに昨日は会いすぎた。出し惜しみないひとびとを見ると無条件に心が開く。その解放された姿に反応するからかな。がばーーーー。だから、今日もなんかすごい。風が流れていて、いい一日になる予感!!

大剛たちが関西に移ることになったのでお別れパーティーへ。大剛はあたしのともだちの中でもっとも美意識が高く、もっとも頭の回転が早く、もっともシニカルで早口で(一体いつブレスしてるんだろう?)、もっともこわれやすそうなきれいな魂だなぁと思うひとのひとり。いろんな才能に恵まれているけれど、彼の場合は生きているその様自体がもっとも、作品みたいに見える。中途半端がキライだから徹底的になんでもやっている。出し惜しみなく。使うお金も半端なく、妥協しないで徹底的に。そんなふうに生きる姿をともだちみんなにあたたかく見守られている彼を見て、よい人生だねって思った。ばかみたいに大金持ちにはならないかもしれないけど、うつくしくとてもよい人生。あそびにいくね!

その後はTHE BOOMのツアーファイナルへ。いろいろ長い旅を経て、エネルギーをまたものすごくフレッシュに出し切っているメンバーがそこにいた。観ていて、すごく、楽しかった。人間はつい慣れてしまうものだと思う。慣れて鈍化する。頭が肥大する。新鮮な驚きと愛情と情熱を保つことがいかに難しいかがあたしにもだんだんわかりかけてきた。鈍くなることはアーティストにとっては致命的なこと。そんなものとは無縁かのように振り切れて頭をまっしろにしたように熱を出し切っている彼らの様子はすがすがしいと思った。ただ勢いだけではない高いレベルのパフォーマンスを単純に楽しむことのむずかしさ。それは孤独にたたかう時間を持ってこその無邪気さではないかと思う。あぁシンプルにすばらしかったです。
私も出し惜しみなどないように生ききります!! と師匠に宣言しました。

そのあと渋谷で地べたに座って歌をうたっているおんなのこをちょっと見ていた。いい声だけれど、もっと開けたらいいのになぁと思った。閉じているかんじがする。さむいのかな。すると急にぼーに電話しようと思った。電話。なんかぼけっとした声でしゃこちゃーん電話しようと思ってた。と言う。やっぱりなぁ。なんか今日やたらぼーを思いだしていたのだ。蜃気楼みたいに姿がうかんでいたよ(こわい。笑)ごはんを食べにいくことにする。

むきだしの魂をかかえて生きているぼーは宝美という名前で活動しているものすごく才能のあるシンガーで、いつもほんとうに今日が人生最後の日みたいに歌う。歌がなかったらこの子はどうしてたんだろうって思うくらい、歌とともに生きているかんじがする。だからものすごく伝わる。歌詞やメロディというより、彼女が作る波というか震えというか、そういうものであたしはいつも自動的に涙がでる。14才も年下だけど昔からのともだちみたいに話が合う。尊敬しているし、その姿に教えられることもたくさん、ある。アンテナの感度がするどすぎるから、よい電波もわるい電波もたっぷり受信していて時にくるしそうなぼー。あたしもそういうところがあるから持っているひみつのおまじないをいくつかこっそり教える。世界はしょせん、脳が作ったまぼろしだから、おまじないでうつくしく変えちゃうこともできるのだ。どうとでも。hellを愛ときんもくせいの香りに包まれたうつくしい世界にすることも、簡単。





テーブルのねこがツメを研ぎたそうな気がしたから、貸してあげる。
今日はこれからギャラリーめぐり!



# by nakamasa1107 | 2009-10-18 13:14 | 日々のこと | Comments(2)

2009年 10月 17日
曽我部恵一BAND 『プレゼント』
曽我部恵一BAND の新しいシングル『プレゼント』のジャケットです。



この撮影のとき、曽我部さんがさらっとおっしゃった言葉に、ものすごーーーく勇気づけられたことが忘れられません。芸術のためにたたかっている人だなぁと思いました。

# by nakamasa1107 | 2009-10-17 12:15 | 最近のオシゴト | Comments(1)

2009年 10月 16日
ブリス
sigur rosのヨンシーたちのアルバムを聴きながらうっとり歩く。ねぇヨンシー、これほんとにハワイで録音したの?? アイスランドの暗い山々と厚い雲ばかりがつぎつぎに浮かぶよ。
このひとたちの音楽はあたしにとっては晴天の日に聴くべきもの。青い空がものすごく透明度を増す。聴きほれてうっかり2駅分歩いてしまう。

すこんと抜けた秋晴れが続いてものすごくしあわせなきぶん。こないだみれいさんがブログにきんもくせいのことを書いていたと思えば、ジュンくんもきんもくせいの香りをメールで伝えてくれた。あたしはあの日硫黄のにおいのぷんぷんするお風呂にだらだらと入っていたのに、そしてうちの部屋は3階でお風呂の窓は小さくしか開かないのに、きんもくせいのにおいがものすごくしたような気がした。気のせいかと思ったけど、確実にふわんとした。いい香り。うっとり。やわらかな香り。秋。今や日本では短くなったこのうつくしい季節。あたしの中での季節ランキングが変わりつつある。夏がダントツ殿堂入りレベルでトップだったのにな。

今日、なやみごととかあるんですか?と聞かれて、しつれいなーそんなのそりゃひとつやふたつあるに決まってるわよーと言おうと思ってふと気づいた。
なやみが、ない!!!

もちろんまだまだあらゆる面で道なかばなあたくし。課題は山積み。考えるべきこと、やるべきこと、多数。新しく気づいたいくつかのジャンルでの修行も一から大いに必要。でも、なやみは、ない!! 自分でも驚くべき上書き機能により過去のことをみるみる忘れていくあたしなので、かつてどうだったか、というのはうまく思いだせないのだけれど。

いつになく高く抜けるような青い空のせいかもしれないし、きんもくせいの香りでハイになってるのかもしれない。でも、ごはんはおいしく、りんごは赤く、だいすきなひとびとは元気で、もう、何も言うことはない、そんなふうに思いながら、なんとなく福引きを引くようなきもちでiPodをシャッフルでかけたらMuseのBliss!! きたーーーー!!!!ブリス。つまり至福。ひさっびさに聴くわらっちゃうくらいやりすぎにキラキラなこの曲(うーーこのtoo muchなイントロがだいすき!!)に囲まれていたらまた、世界がしあわせにまみれている気がしてたくさん写真を撮ってしまう。ああ小さなしあわせがやがて世界中を甘く包みますように!!



# by nakamasa1107 | 2009-10-16 23:03 | 日々のこと | Comments(3)

2009年 10月 14日
野性時代
野性時代の表紙と巻頭で嵐の相葉雅紀さんを撮影しています。
ざんねんながら画像は掲載できないので、本屋さんで見かけたらぜひみてくださいー。
黄色い表紙です。

# by nakamasa1107 | 2009-10-14 14:54 | 最近のオシゴト | Comments(1)

2009年 10月 11日
36
今日って10年の10月10日じゃない?とねぼけたことをむにゃむにゃとつぶやく。10年じゃなくて09年だし、10日は昨日だった。うふふ。ちかごろだいぶ切れ目なく過ごしてるからいろんな感覚がズレている。ズレてるのはいつもだけど。ああいい天気。まぶしい。あまりのいい天気に寝坊欲より何かしたい欲が勝ってしまいつい起きる。窓をぜんぶ開けたら風がびゅうびゅうと通り抜ける。ぞうきんにハッカ油(北海道で買ったやつ)をちょっとスプレーして家中拭き掃除。ROYKSOPPの新しいやつと一緒に。フジを思いだす。完璧だったなぁあのステージ。。。(としばしぞうきんを片手にカエルの姿勢で夢想)今年の朝霧は行けなかったけど、いい天気でよかったねぇ。床を20cmくらいの距離で見つめながらただ拭いていると、トランス的に夢中になってしまう。ディティールにどんどん入っていってしまう。木目と目を合わせながらえんえん拭く。ミクロの部分にフォーカス。寄り目になってるかもしれない。ぞうきんをしぼる。また拭く。気づくとミントの香りの家。あーーーきもちい。神は細部に宿るというけれど、小さいものたちの積み重ねがやがて巨大な気配を作る。じつに。これはもちろん掃除に限らず。

36才になった。年女。もうもう。(牛) 台風で電車が止まるすさまじい誕生日の日には朝からアーティストの撮影で、彼女がサプライズで歌を歌ってくれた。(やまじさんの粋なはからいにより!!!)うれしい。遅くなってしまった夜はトシオと小さく乾杯をして祝う。ちん。メールくれたともだちたちもほんとうにありがとう!!次の日はオウルが新しくスタジオをオープンしてパーティー。オウルのみんなはそっちで忙しいのにケーキでお祝いしてくれた。やまじさんとみんなでまたハッピーバースデイソングを歌ってもらった。うえーん。ありがとう!!!お忙しい中パーティーに来てくださったみなさまもありがとうございます!!昨日ははーぴーとこちゃん、くまこちゃんのいつものメンバーでまたお祝いしてもらう。もうこの集まり、何年目だろうねぇ。30才のときすでに祝ってもらったおぼえがあるからもう少なくとも7年目、かな。ほんとうにいつもありがとう!!きもちのこもったプレゼントをもらってじんとし、みんなの作ってくれたおいしいごはんを食べてなんやかんやとえんえん話して夜中まで過ごす。大富豪にもはまる。(しかし大富豪って。改めて考えるとすごいネーミングのゲーム。しかも貧民が富豪にさらに搾取されるあの理不尽なシステム!)ありがとうね!!これからもよろしく!!

ちかごろ年をとることがほんとうに楽しみになってきちゃったのだ。これからがたのしみでほんとうにわくわくする。今あたしがいる場所、あたしを取り巻く世界はこの36年かけないと出会えなかったひとともので構成されているとつくづく思う。誕生日はそれを確認してかみしめる日になってきている。そして感謝。年月はラインで考えるとただつながった時間のひとかたまりのようだけれど、ミクロの視点で見てみるとそこには微小な点が無数に存在することに気づく。すきまなく。このひとつひとつの点が線らしきものを作ってここまでつながっていると思うとしみじみとうれしく、かけがえのないものであるように思う。たとえそれが蛇行しているちょっとださい線であっても。だからこれからも点をこの上もなくいつも真剣に、あちょーっとひとつひとつ打つ日々であろうと思った朝、なのでした。72才、ちょうどあたしの倍生きている横尾忠則さんの止まらず挑み続けるすばらしい姿勢を見て、ますます。





はーぴーたちからもらった帽子と花。
お花の名前はシェリーベビー。南米原産で花言葉は「いっしょに踊って」だそう。
ううう。すべての要素がどまんなかにスキ!!


# by nakamasa1107 | 2009-10-11 11:54 | 日々のこと | Comments(4)

2009年 10月 07日
山登り
下北でおりりんにアリシアの話をしながら歩く。アリシアアリシアあーアリシアと連発しながら熱く語っていたら。「ありしあ」とまるであたしの声が目の前に文字で出てしまったように、看板に書いてあった。否応なしに入ってしまう。自然食のお店で、そういえば前サキコちゃんと来て入れなかったおぼえが。お店のかたに聞くと当然のようにあのアリシアから名前を取ったとのこと。
あああああ。(←非常におどろいて言葉になっていないようす)

今日はあかちゃんたちを撮影。1ヶ月のあかちゃんと5ヶ月のあかちゃんはまるで違うジャンルの生き物だった。4ヶ月でこの差とは!!こんな調子でおとなになってからも日々伸びていったら毎日が激動だろう。数ヶ月前のことなどはるか過去だろう。そんなふうに過ぎる日々も時折あるし、変わらないおだやかな毎日もある。(カラダのサイズのことではなく!!)
こうやってこれから生きて行くであろう道のりをなんだか思う。日本のおんなのひとは平均的には85年ほど生きてしまうみたいだから、35なんてまだまだ女の初級クラスだなぁと思う。小学6年生ってかんじかなぁ。5年生かな。まだまだ基本の文法をマスターしているところ。修飾語もだいぶおぼえた。でもまだ鉛筆はしっかりと持ち、筆圧高く文字を一マスずつ真剣に埋めている。

ひとつ山を越えたと思ったらそれはちょっとした地面の盛り上がりにすぎなかった、目の前には悠然と広がる大地が。行く先にははるか霞む高い山。そんなふうな景色がちかごろ見える。あぁこれからがたのしみだわー。地に足のついたすてきなおりりんの話を聞きながらそんなふうに思う。少し年下のともだちに教わることの多い今日このごろであります。いつもありがとう!




ちょっと早いけどバースデイにって昨日とても年下のだいすきなともだちがくれたフラワーズ。東信さんのお店であたしのイメージを伝えて作ってくれたそう。(何て言ったんだろう。)
ものすごくうれしい。ありがとう、ダークレッドの花、だいすき。こういう人でありたい。



# by nakamasa1107 | 2009-10-07 21:31 | 日々のこと | Comments(4)

2009年 10月 06日
うみ
マーマーマガジンのみれいさんからお電話。次回の撮影のスケジュールの話をしていたはずがいつのまにかえんえん、広い川と両岸の話、急激な流れの話、などになっていてた。これは会いたい!とすごく思ってしまう。その「川」の話ができるひとは多くないのだ。みれいさんがアリシアの展示に一緒に行こうと誘ってくれる。アリシア・ベイ・ローレル。『地球の上に暮らす』の著者のアリシア。あたしも何年か前にプレゼントされてから折にふれ読んでいたけれど、ここ1年で真剣に見返す回数が急にとても増えたあのうつくしい本。

今回はその本の原画が展示してあるとのことでたのしみ。朝から雨が降っていて雨の日は頭がいたくなりがち。だいすきなみれいさんにせっかく会うのに困ったことだなぁと思っていたけれど、会った瞬間にそんなものは吹き飛ぶ。びゅんと。そこに現れただけで風が吹くひとっているけれど、みれいさんもそういうひとのひとり。少なくともあたしにとってはものすごく強いよい風。アリシアはおだやかそのもののかわいい人で、笑顔を絶やさず、ていねいに歌う。代官山の地下にあるコンクリのギャラリーの中に咲いたばかりのきいろい花があるみたいだった。みれいさんとうなずきながら聴いてしまう。なんか、アリシアのリズムに合わせて、首が動いてしまう。みれいさんのまわりの素敵なひとびとも偶然集まる。みんな、偶然。そして同じようにおだやかな空気。頭いたくない、もう。ぜんぜん。

あたしはおぼえようとがんばるけれど、ざんねんながら名前をおぼえる能力はだいぶだいぶ低いとおもう。(I'm trying really hard, though..はずかしいのでなぜか英語)でも、そのひとの色というか、形というか、気配みたいなものは決してわすれない自信がある。「色」とか「気配」とかは便宜的に使っている言葉。正確に何色とかそういう話でもないのだけれど、そう説明するのが一番近い。ひとをすきになるのもぜんぶ、そこだと思う。それで、この夜会ったひとはほんとうに、みんな、あまりにもやさしい色と形をしていたのでものすごく感動してしまったのだ。さすがみれいさん。同じ羽の色の鳥は集まる、というけれど、同じ色だった。きれいな色。

アリシアがごはんに行くというので一緒に行かせてもらう。わわわわわ。すごい展開。今いっしょにJRに向かって歩いているのがあのアリシアだなんて!!アリシアの本があたしが生まれる前に発刊されたこともあって、なんとなくもういない方だと思いこんでいたのだ。読むたびに。あぁ人生何が起こるかわからないねぇとみれいさんと言い合う。面と向かってじっくり話すアリシアはおどろくほど率直でおどろくほどかわいらしくてものすごくオープンで思った以上にめちゃくちゃ素敵なひとだった。初めて会ったとは思えないほどのいろんなとてもパーソナルな話も聞かせてもらう。

そのあとみれいさんともたくさん話してほんとうに楽しい夜。
みれいさん、すごい引き寄せ力。ほんとうにありがとうございました!ラブ!!!
(↑みれいさんブログ)

あたしのすきなひとびとは生々しいひとだ、といつも思う。生々しい、というのはきっと言葉がちがうのだけれど、うまく適する表現が見つからないので(仮)で使っている。本能に正直で、直接的で、でも、攻撃的なんかじゃぜんぜんなくて、むしろ、包み込む力もある。きっと正直に生きているから、受け止め方も自然なんだろうと思う。色や形(的なもの)でいうと同じイメージが浮かぶ。あえて言うなら海みたいなかんじがする。時には荒波も立つ、光る海。


# by nakamasa1107 | 2009-10-06 18:50 | 日々のこと | Comments(3)

2009年 10月 05日
ほぼ日刊イトイ新聞
ほぼ日のこわカワイイクマのジャムパンのお店、OHTOの新しいバッグの写真です。
すぐ売り切れちゃうのでお求めの方はお急ぎをー。

権藤知彦さんと小池光子さん(ビューティフルハミングバード)の「OHTOのうた」もとてもかわいいので必聴ですよ。撮影中ずっと歌ってました。というか、今も抜けない。オホトオホト♪








# by nakamasa1107 | 2009-10-05 20:27 | 最近のオシゴト | Comments(1)

2009年 10月 02日
おめでとう
仕事が終わってカシスムースのケーキを買う。ピンクでかわいい。ホワイトチョコレートのプレートにhappy birthday みさちゃんって書いてもらう。ロゼのスパークリングも。ママの誕生日に集まるのだ。ひみつで。ひでくんがアメリカから出張で来ていて、としちゃんも激務の中むりやり。

仕事を終えて帰ってきたママにクラッカーとパーティー帽子とHAPPY BIRTHDAYのデコレーションとみんなのカードで出迎え。ママ号泣。あたしたちもじんとしたけど、パパまで涙ぐんでた気がしたからがまん。こんなふうに家族5人でこの家に集まるのはほんとうに何年ぶりだろうかと思う。それぞればたばたと帰ってはいるけれど。あたりまえだけどみんなでかくて場所をとる。ひでくんは外国だし、としちゃんは手術まみれのお医者さんだし、それぞれの家族もいるし、もう、スケジュールなんてなかなかぜんぜん合わない。でもむりやり集まってよかった。ママは何度も小学生みたいに泣いていた。シックスティースリーだけどね!かわいいママ。パパとママが出会って、あたしたちが次々に生まれて、この家で育って、それぞれの人生の方向に歩いていて、でも根っこはここにある。そんなことを改めて思いながらねむった。ピンクの花柄の壁紙と花柄のカーテン、長女のあたしの部屋。人生は続いていく。みゃくみゃくと。ママお誕生日、おめでとう。ずっと元気でしあわせに。



# by nakamasa1107 | 2009-10-02 15:26 | 日々のこと | Comments(4)

2009年 10月 02日
野性時代
野性時代の表紙と巻頭、松山ケンイチさんです。







こんな表紙がめじるしです。


# by nakamasa1107 | 2009-10-02 12:25 | 最近のオシゴト | Comments(1)

2009年 09月 30日
murmur magazine
あたらしいmurmur magazineが発売です。
今号もすみからすみまですばらしい内容!!

たかはしよしこさんのジブンジソクゴハンです。
岩塩のふとんにそっと座っている里芋たちです。




これが、また、おいしすぎでした!!
よしこちゃんの料理は、いつも、生きている味がします。


ショートのジェーンバーキンがかわいすぎる…。
こないだけっこう短くしたけど、もっと髪きろっかな。
(パリジェンヌ妄想ふたたび)
# by nakamasa1107 | 2009-09-30 16:54 | 最近のオシゴト | Comments(3)

2009年 09月 28日
NATURA
NATURAというちびカメラで撮った写真を大きいパネルにしていただきました。
全国のビックカメラにあるようです。

ポルトガルとスペインの思い出です。






# by nakamasa1107 | 2009-09-28 20:45 | 最近のオシゴト | Comments(3)

2009年 09月 27日
ものがたり
私、夢色のドレス、あなた、限りない笑顔で。昨日からずっとこの歌が離れなくてふんふん鼻で歌っている。ここばっかり。ダンスはうまく踊れない。井上陽水はやっぱり天才だとおもう。夢色って。限りない笑顔って。浮かぶ映像をそのままそうっと損なわずに手のひらにのせたような詩。

物語について考える。1Q84を今、またこの上もなく真剣に読み直しているからだと思う。正座して読む勢い。あたしにとってこれは寝転んで読む本などではないのだ!!春樹さんを崇敬するあまり、ではなく、そんなふうなふざけた態度では物語の強さに持っていかれて帰ってこれなくなる。春樹さんがこの物語を受け取って形にする過程がどれほどの道のりだったのか、想像もつかない。大げさではなく命がけなんじゃないかと思う。物語を引き受けるということは、きっと、そういうことだと思う。まさに、身を削る、行為。彼が体を執拗に鍛え続けるのは物語とひとり、対峙するためなんだろう。

そうやってほんとうに紡がれた圧倒的な物語は読むひと自身の骨に刻まれた夢と呼応して人を震わせる。だからひとは物語を求めるんじゃないかと思う。すくなくともあたしはそんな気がする。呼び名がフィクションでもノンフィクションでも、そこに力強い物語があればなんでも。

物語について考えるといつも、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の頭骨と夢読みのイメージが浮かぶ。今日もりんかい線という不慣れな電車に乗りながら、そこにいるひとびととその皮膚の下にあるであろう頭の骨、そしてそこにひっそりといつか刻まれて白く安置される夢のことをえんえん考え続けてしまった。固い骨に刻まれた夢、つまり物語。あらゆるひとが物語を静かに持っている。
(しかし目の前のひとが自分の骨のこととか真剣に想像してたらとてもいやですねぇ。ま、想像は自由だけど☆)

井上雄彦の「プロフェッショナル」を見て、物語を生み出すことのすさまじさを垣間みる。そこにすでに存在している気配、とか、におい、つまり物語を構成する生きている手がかりを、必死でつかみに行っているひとだと思った。つかむ、というか、つながる、なのかもしれない。誰かのモノマネ(フレーズはもちろん、思想のサンプリングみたいのも含めて)でイージーに物語らしきものを作っているひとには決してないすさまじさ。(あぁ、安易なモノマネはほんとうにかなしい)
こういうひとはほんとうに孤独だろうと思う。でもつかんだものは光る本物なんだと思う。明日死んでも悔いはない、って強がりでもなんでもないほんもののきもちなんだろう。

『ネジと紙幣』という舞台を観にいく。そこにも圧倒的な物語があった。ともさかりえさんはあの細い体から絞るように熱演。いつも知っているきゃしゃでカワイイひとと同じにんんげんとは思えないくらいものすごく桃子だった。殺されるシーンが愛に見えた。そして森山未来さんてものすごい俳優だ。体が何かすごいものとぴったりとつながっている。彼がやっていること、それはきっと春樹さんや井上さんがやっていることと同じ種類のことなんじゃないかと思う。まだひとびとに見えない物語を地上に降ろす行為。天性の才能と、きっと、努力なんだろう。救いがない物語なのになぜかきらきらと救われたようなきもちになる。強烈な物語の効用。大いなるカタルシス。





あたしの頭骨にくっきりと刻まれているであろう切れ端のひとつ、ブラジルの色。むきだしの日々。
あぁまた行きたい!!!





# by nakamasa1107 | 2009-09-27 00:50 | 日々のこと | Comments(4)

2009年 09月 26日
スライディング
朝というか昼に起きてチャーハンを作ったらちょっと焦がしてしまって香ばしすぎた仕上がり。三本足の猫、みぃと遊びながらやっぱり猫アレルギーで目がかゆい。犬(チコ)の散歩に行って、チコの行きたい方向にできるだけ従うようにしていたら小さな山の頂上まで登ってしまい、皮底のブーツなんかで来るんじゃなかったねぇ都会もんはまったくねぇと話しかける。チコはふふんというかんじ。せみが鳴いている。せみって夏に鳴くんだと思ってたけど。秋も鳴く。そして竹やぶ!ジャパニーズレストランの裏なんかにひ弱なかんじで植えてあるようなやつじゃなくて、ワイルドな!!本物のやつ!!!これが家の真裏にある人生って、すごいことだと思う。家に戻っておかあさんの銀色の軽自動車を借りて近所の海までドライブに行く。なんかCDが聴きたいと思っておとうさんの棚をあさって徳永英明のカバーアルバムをひっぱりだし、徳永さんに合わせて「異邦人」とか「ダンスはうまく踊れない」とかを熱く何度も歌う。窓の外はえんえんとなにかの畑ばかりで、やたらとみんな、なにかを燃やしている。だだっぴろい畑でもくもくと燃やしてるおじさんの姿、インスタレーションみたいでかっこいい、なんて思うあたしの感覚、どうなんだろ。そして何を燃やしてるのですか。あまりにも、知らないことが多すぎる。そんなことをしていたら海。何もない海。完璧な夕焼けでうつくしくてなんとなく、世界の果てまで来たかんじがする。考えようによっては海は、どの海であろうと、世界の果てなんだけど。すすきに似た植物がゴールデンに光る。手をつないで帰る。おかあさんの作ってくれたごはんを食べて満腹ですぐねてしまう。いつものようにパジャマはトシオは水色、あたしはピンク。オトコの色とオンナの色。長袖のはずだけど、あたしたちは腕が長すぎて7分袖。弛緩。弛んで、緩んでいる。ただただ。

トシオの実家でそんなふうに過ごしていたらあっというまに浮世離れしてしまった。携帯も毎日置き忘れ、パソコンにも近づかず。顔は洗いっぱなし、髪も乾かしっぱなし。カワイイけどちょっとキツいウエストマーク用のスタッズのベルトは、当然しまいっぱなし。マスカラってなんでしたっけねぇ。トシオも伸ばしっぱなしのヒゲに覆われた顔がエッジをなくしてゆるゆるとしている。新幹線で1時間ちょっとの旅なのに、外国に来るくらいの、ちがい。ふだんの暮らしで価値を持っていたように思えたものがここではまるで意味をなさなくなり、時間の概念がぐにゃりと変わる。おとうさんとおかあさんはしあわせそうに犬や猫たちと話す。

東京に戻る。山手線で何かが切り替わる気がする。たくさんのメールにお返事をして、ひさしぶりに(思える)目覚ましをセットする。プロフェッショナルな俳優さんの撮影。緊張感をみるみる取り戻す。そして楽しい。夜は姜泰煥さん×田中泯さん×大友良英さんのすごいステージ。いろんなことを試し続けてきたのであろう彼らのミニマムを極めた表現。あんなふうなミニマムさに辿りつくまでに彼らがしてきたことをもっと見たい気もする。静かで圧倒的なエネルギーのすごさに、ここ数日ですっかり初期化していた脳がぐるぐるする。





今自分が存在していると思っている世界が、永遠に変わらないなんて断言、今やあたしにはぜんぜんできない。そんなものはきっと頭で作り上げた蜃気楼みたいなワンダーランドなんだろう。すでにあたしはたくさんのものを気づけば簡単に手放してきちゃったし、新しいものに出会って心をがっちり奪われてきたのだ。こんな調子だと長い間、後生大事に持っていたものを突然、もう不必要なものだと思う日も、あっというまに来ちゃうかもしれない。ちがう世界にするりとスライドしてしまうかもしれない。昨日までの価値観がすべて、意味をなさない他の世界へ。不要なものを、ぼうぼうと燃やして。

でももう、たぶん、おどろかない。
ただずっと変わらないのは、だいじな愛するひとたち。
もう、ほんとうに、それだけで!!





# by nakamasa1107 | 2009-09-26 00:18 | 日々のこと | Comments(2)

2009年 09月 24日
絢香 『ayaka's History 2006-2009』
絢香のベストアルバム『ayaka's History 2006-2009』のジャケットです。
フォトブック付きのバージョンもあります。




だいすきな絢香のだいすきな写真です。

# by nakamasa1107 | 2009-09-24 23:32 | 最近のオシゴト | Comments(4)

2009年 09月 18日
LOVEカメラ
『LOVEカメラ』で蒼井優さんを。

# by nakamasa1107 | 2009-09-18 18:32 | 最近のオシゴト | Comments(5)

2009年 09月 14日
共感と違和感
たくさんのひとに会って、たくさんのものを見ている日々なのだ。

●直子ちゃんに誘われてVOGUE FASHION NIGHT OUTのイベントのひとつ、US VOGUEの編集長、アナ・ウィンターのドキュメンタリー映画の試写会に。マミエちゃんも一緒に。プライベートなムードの試写で、きりっとした空気のステキなひとばかり。ずっとファッションの世界で生きてきた二人みたいにあたしはファッションにコミットした生活じゃぜんぜんないけど、アナの決断力には強くインスパイアされる。たまたまアナたちにはファッションが生きる道だったんだろうな、と思う。直子ちゃんもマミエちゃんも、生きるということにほんとうに真摯でかしこくてしかもものすごくかわいくて当然スタイリッシュで、あたしの「ファッションピープル」への無知がゆえの偏見をあっさりとくつがえしてくれたステキすぎるともだちたち。マミエちゃんのおいしい手料理を山ほどごちそうになりいろいろ話しながらごろごろする。あたしの敬愛する桐島洋子さんの『聡明な女は料理がうまい』を地でいくマミエちゃん。必読だと思い、強烈に強引に勧めて、帰る。ありがとう!ごちそうさま!

●次の日は吾妻橋ダンスクロッシングをはーぴーと観にいく。いとうせいこうさんと康本雅子さんを観るのがメインの目的。不意うちなくらいにcontact Gonzoにとても鮮烈な印象を。うわさには聞いていた「おごそかに殴り合う」という彼らのパフォーマンスは、単に暴力の表現ではなく、もっとちがう、ひととひととの深い関わり、への欲求に見えた。不器用で言語化ができなくて、でも、関わりたくて、殴っても殴っても足りなくてまだお互いに向かっていく。愛されたくて愛したくて、でもやり方がわからないひとたちの悲しみのようだった。せつなくなった。理由がなんであれ、暴力と怒りが苦手なあたしはcontact Gonzoはきっとずっと観ることはないだろうと思っていたけれど。うっかり観てしまった今、ものすごく、心に残ってしまったのだ。彼らのその、ヴァーチャルにモニターを通した言語で誰かと向かい合っているつもりのひとびとと、まるで、逆の生の関わりを見て。

●せいこうさんと康本さんのパフォーマンスは奇をてらうことなどなく驚くほどのストレートさで今伝えたいことを身体を使って響かせていた。一秒も目が離せなかった。まっすぐにただまっすぐに、自分が正しいことを表現することの、なんと勇気のいることだろう。そこには小細工などなくて、ただ、ほんものの、感情と身体の動きだけがあった。
かっこよかった。(すばらしすぎて脱力)

●はーぴーと感想など話しながら韓国の食べ物を食べる。何かを観たり聴いたりする体験自体はひとりのものだけれど、それを同じようなレベル(種類はちがっても)で共有できることはほんとうにステキなことだと思う。ありがとう、はーぴー!

●『暮らしのおへそ』のパーティーに呼んでいただきトシオと参加する。おへその最新刊にでた方々などが集まり、一田憲子さん宅でおいしい手料理をいただく。(手料理をいただいてばっかりだ!!)一田さんと編集の雨宮さんの高感度なレーダーにより集まったひとびとはみんなステキな人ばかりで、楽しい時間があっというまに過ぎる。偶然のつながりもいくつか。ひとつのことを誇りを持ってやっているひとというのは、みんな一様に同じようなにおいがする。体の奥は熱いけれど、心が凪いでいる、というかんじの。ステキな夜でした。一田さん、雨宮さん、ありがとうございました!お会いできたみなさまも!


長々と書いてしまったけれど、そんなこんながありつつ、他にもたくさんのひとびとと会って話したり、撮影をしたり、映画を観たり、本を5冊平行して(養老さんと三好さんとフロムさんと春樹さんと春樹さん)読んだり、と、目や耳や皮膚が忙しい日々。忙しいことがよくない時期もあるけれど、そうすることが今はよいかんじがする。ちかごろ、この「かんじ」が外れることがほぼ、ないので、従うようにしているのだ。

こうやって自分じゃないひとと交差したり、映画や本や音楽を通じて誰かの考えに寄り添うときに、浮かぶきもちはいくつかの種類に分けられるように思う。それはものすごく大雑把に言えば『共感』と『違和感』。細分化するともちろん、いろんな形の共感があり、いろんなレベルの違和感がある。それはここ最近、今まで以上に強くなりつつある。強い共感と強い違和感。そういう共感や違和感を通じてあたしが何を見ているのか、ずーーーっと考えていたのだけれど、答えはとても簡単なことだった。それは

あたしはすべてのひと/ものを通して自分自身を見ている。

ということ。
あーーーーびっくりした。
とってもとってもあたりまえのことのようだけれど、改めて実感するととても視界が晴れるようなきもち。そうか、あたしはあたしを見ていたのか。ポートレートを撮るときに目の前のひとに自分が鏡のように写っていることをよく感じるけれど、風景を見ても、パフォーマンスを見ても、そこにもそこにもそこにも自分自身がいつも映っている。それはおそろしいことでもあるけれど、ゆかいなことでも。あたしはshing02を見ているようで実は自分自身を見ている。あたしは康本雅子を見ているようで実は自分自身を見ている。あたしは。






宇宙や世界とつながりたいということは、結局自分自身とつながりたい、ということになるのかもしれない。自分自身とつながることは地球だとか宇宙と一緒になりたいことと同じことなのかもしれない。どちらが先かわからないけど、そういうことなんだなぁと思った。そしてその実感には精神だけではなく、身体性がものすごく大きな意味を持つ。手で触れて耳で聴いて目で見て。そういうことなしにつながっている錯覚ほどあたしが違和感を強く覚えることはない。ぜんぶ、触れたい。

秋だなぁ。夏を深く愛してるけれど、秋もスキ。





# by nakamasa1107 | 2009-09-14 14:49 | 日々のこと | Comments(3)

2009年 09月 14日
chou chou
chou chouの湘南特集号で俳優の加瀬亮さんを。


こんな表紙です。
# by nakamasa1107 | 2009-09-14 11:43 | 最近のオシゴト | Comments(1)

2009年 09月 09日
うちのテレビくん
とつぜんですが、うちのテレビくんは今年で18才です。トシオが大学一年の時に買ったものです。まだ元気に動いています。このテレビが製造された時からすでに、生まれたばかりのつるつるのあかちゃんが大学生になったり、インド放浪の旅に出たり、早いひとだともう親になっちゃうほどにでかくなるくらいの時間が流れています。光陰は矢のようですねぇ、テレビくん。この子は当然ブラウン管テレビで後ろにぼっこりといろいろ何やらつまっていて、動かすときはとても重いです。先日21才の子がうちに来たときに、電源の消えたそのテレビを見て、これ何?花の台?と本気で言ってました。(花がいつも置いてあるのです。)ちがうよテレビだよ、というとえーーーーーー!!!とおどろいていました。おどろきすぎですよ。

テレビをつけると画面の右上にはいつも「アナログ」っていうお知らせがあります。あなたんちは古いテレビだから早く買い替えなさい、ということのようです。まだ動くのにな。

しかもうちにはDVDプレイヤーというものもなく、録画など当然できず、観たい番組があれば走って帰り、映画を観るときはずっとパソコンで見ていました。ああやって日々進化しすぎるものを買うのがあまりスキではないので(ブルーレイって何?)もたもたしている間に。でも大きい画面でどうしても映画がみたい!という思いがおさえきれず意を決してトシオとヤマダ電器に。テレビのフロアには1000台くらいテレビがついていて攻撃的なインスタレーションのよう。頭があっというまににくらくらしてきて、どれでもよくなってくる。お店の人は2倍速再生のようなスピードで宇宙語を話す。彼との交信はトシオにまかせていろいろ見ていると、ふと。

あたしデジタルの画面スキじゃない。

とゴシック体のボールドではっきりと、思ったのでした。
仕事では今やデジカメも常用しているあたしですが、フィルムに近い再現ができるようにいつも気をつけています。平坦なデジタルの表現は生理的にほんとーーーうにきらい。スチールに限らず、映像でも。すばらしく力の入った映画でも、デジタルで撮影されていてハイライトが飛んだりシャドーがつぶれてしまっていると、もう、絶望的にかなしくなる。その、逆光が、暗闇が、語るはずの小さな言葉が全部消えてしまっていて。

ちょっと話がずれちゃったけれど、ヤマダさんちにあるテレビのほとんどは15万えんとか20万えんとかするのに、ぺったんこにプレスされた映像を流しているようにしか、あたしには見えなかった。これがうちに来るのかと思うと、なんだかこころがずっしり重く沈む。DVD内蔵とか、そういうの、ほんと、ぜんぜんいらないし。
そう、いらないよ、こんなの。
と思ってトシオに言うと、彼もぴんと来ていなかったと。だよねー。
ぴんとこない、というのは人生において最も見逃してはいけないサインのひとつなのだ。あらゆるタイミングで。そこでふと高級テレビの後ろに追いやられているものたちに目をやるあたしたち。それは小さなDVDプレイヤー(再生専用)でお値段5000円弱。ねぇ、これでいいのでは。だって、あたしたち、ただ、映画を大きい画面で見たいだけなんだよ。あー、ぴんときた。
ヤマダのポイントを使って3500円で購入。
(案内してくれていた2倍速の店員さんは落胆の色を隠さず、レジ係のひとに、これ誰につけますか?と聞かれ、誰でもいいです。と言っていました。ごめんなさい。)

家に戻って早速はーぴ−から借りていたshing02歪曲ツアーDVDを観る。モノクロのざらついたドキュメンタリーがブラウン管に合いまくる。あーーーかっこいい!!! このテレビで、ぜんぜん、いい。むしろこれが、いい。
それにしてもshing02はこないだ観たリキッドが今まで観たライブで一番よかった。進化している。進化の理由がつまっているDVD。あたしもがんばろう。

長々と書いてしまったけれど。まだぜんぜん使える、しかも、画質はこちらのほうが好き、ってテレビくんをうっかりCMとかに煽られて買い替えたりしなくて、よかった。ぼんやりとしてると脳が洗われてしまう。チデジチデジチデジの呪文に。スチャダラパーも言ってたけど、異議あり、だなぁと改めて、思う。これは、テレビにかぎらず。大きな声には気をつけないと。

テレビくん、これからもよろしく。




パパとささいなことでケンカしてしまって1週間後にごめんね、と言い合う。1週間ふさぎがちだった心がみるみる晴れ晴れとして、世界がまたきらきらした。だいじなひととケンカして、そのままは、ほんと、よくない。ぜんぶ、つながってるから。大きな川をせきとめるように、流れがよどんでしまうところだった! あーあぶなかったーー。
ごめんね、への背中を押してくれたやまじさんとマミエちゃんに大感謝。






※写真は、こないだ23年ぶりに行った西船橋の元実家のあたり。学年で一番足が速かったサンノミヤくんちの床屋さん。げんきかなー。




# by nakamasa1107 | 2009-09-09 21:53 | 日々のこと | Comments(6)

2009年 09月 07日
spoon.
spoon.という雑誌で女優の吉高由里子さんのフォトストーリーを撮影しています。
かわいいので、ぜひご覧を!



# by nakamasa1107 | 2009-09-07 14:52 | 最近のオシゴト | Comments(1)

2009年 09月 07日
フイナム
ウェブマガジン、フイナムで肉食男子について語っていらっしゃる草野仁さんを。



今号のフイナムは、フリーペーパーとして紙媒体も同時にでています。
アメリカンラグシーで見かけました。

私は魚介は食べるけど肉は食べないゆるいベジタリアンですが、精神的には肉食だなぁとおもいました。むしゃむしゃ。
# by nakamasa1107 | 2009-09-07 14:44 | 最近のオシゴト | Comments(0)

2009年 09月 05日
風
ゆるやかな停滞のかんじには、実は、気づいていたのだ。たとえば5年前のあたしならオオヨロコビしていたはずのできごと。でも、もう、それではぜんぜん足りない。もっとやりたいことがある。確実にある。でもそれはここに来て、とても、遠くに思える。目に映る世界の彩度がほんの少し、マイナス5くらいだな、と。
ああ、これはひさびさに来た、停滞。

でもおととい、かな、ポルトガルに行く直前のだいすきなゆうこりんとまりちゃんと久々に会って、時間が足りないくらい話をして、ふたりの純度が高い清らかさを目にしたときから、なんだか、薄い薄いトレペを剥くように彩度が戻ってきた。他の生物、それもすきな生物から受けるエネルギーはほんとうに直接的。海に潜ったり山に籠ったりと同じこと。あたしは停滞はもちろんすきではないけれど、でも、じつはぜんぜん嫌いではない。その後によいことが来るのがやっと、わかってきたから。停滞はおもしろくないけれど、振り返ればいつもものすごく必要な時期だったように思う。停滞を受け止めてじたばたせずに/じたばたしてもいいけど、そこで手に取ったものは思いがけず後で大きな鍵になったりする。そして停滞に飽きてそれを止めたくなったら、自分で歩くしかない。がしがしと。時にはかなり重い腰をめんどくさくてたまらないけれど、えいとあげて、一番気に入ってる服を着て、2段抜かしくらいでやみくもにダッシュで上る。そうすると風が吹く。風が吹けばもう、ただ、にゃーんとそれに乗ればいい。それはもう、経験上、いつも。

風が吹いたら、はやい。ものすごくはやい。足を動かさなくてもいいくらいに。風の一部みたいにひょいとトシオがTOKYO PHOTO 2009のインビテーションを持っている。レセプションに出かけて、いつも気になるWilliam Egglestonの写真にくらくらする。Ansel Adamsのオリジナルプリントはすばらしくうつくしく、あたしはこの人の写真をカリフォルニアで初めて見て、写真というものにはげしく興味を持ったことをいまさらみたいに思いだす。今はぜんぜん影響うけてないけど! でも、写真で衝撃を受けたのはアンセルさんの作品が初めてだったのだ。アメリカの巨匠たちと前衛的な写真家の作品を見るうちに、近視眼的停滞はすべて消滅。あっけないくらいに。



いま、もう、おりてくるかも、という興奮が止まらなくてトシオと一緒に六本木から乃木坂、そして表参道まで。雨がふってきたけどぜんぜんおかまいなしに歩く。最近読んだ本の話を急にしたくなって説明しているとき、やっぱり、それは、突然おりてきた。写真集のタイトル。もう、これだ!と絶対思うタイトル。青山墓地の近くでそれはすとんと落ちてきて、何度もトシオとハイタッチをしてしまう。やることは山積み。でも霧はおそろしいくらいに晴れて進むべき道はきらりと光る。ぜんぶつながっている。そしてぜんぶ、いつか、いなくなる。ぜんぶ。だからうつくしい。そういう確信。





# by nakamasa1107 | 2009-09-05 00:05 | 日々のこと | Comments(4)

2009年 08月 31日
じゅず
数珠つながりがつながってる限り、だいじょうぶだ、といつも思うのだ。数珠つながりというのは、シンクロ二シティって呼んでもいいんだけど、最近は数珠のほうがなんだかしっくりくる。他のひとからしてみたらあまりに他愛ないことばかりだと思うけれど、あたしにとっては確実につながってる大事なサインだったりする。ひとりにんまり、してしまう。そしてあたりをなんとなく、見渡してしまう。電話しようと思ったひとからかかってくる、会いたいひとにすっと会える、などというベーシックな数珠に加えて、頭に浮かんでしばらく意味ありげに離れないある言葉がきづくと、目の前のひとの読む新聞にでかでかと印字されている、とか。たとえばそれは、沽券、とか、そういう、街中で見かける頻度が決して多いわけではない言葉だったりする。ああ、今、沽券の精たちに囲まれてるんだなぁと思う。そういう言葉の数珠たちはほんとうになだれ込むように日々目の前に現れて、おもしろいからある日数えていたけれど、やめてしまった。数とか、その言葉自体ではない、と確実に思ったから。

だって今日の代表的な数珠を挙げると、スポイル、松田翔太、愛媛みかん、砂丘、カニの身、グリーン(ファッションブランドの方)。それらはある一定の時間、あたしの脳を支配して、ふと、気を抜くと、巨大な看板だったり、初めて聴くわけじゃない音楽の中にだったり、ふと読んだ小説の中にこっそり、でも、くっきりとある。こっちを見ている。他の音が止まるような気がする。目が離せなくなる。真空の中にいるようなきもちに、なる。

でも、これらの言葉自体に重要な意味があるかというと、ほぼ、ないと思う。ぜんぜん。カニの身って!! 食べたいとかですらないし!! 愛媛みかんは食べたい。今朝、風邪ぎみでエネルギーレベルがぐんと落ちていたあたしに、細くてもみゃくみゃくと●●●●とつながってることを教えてくれてる、誰か、何か、がいた、それがだいじ。ほんとうに。そしてそれは今も見守ってくれているかんじがする。こうなると、がぜん、ただしい力は戻るもので、世界の切り取り方も盛りつけ方もまったくもって、自分の包丁さばき次第だと思うのだ。包丁のメインテナンスもふくめて。別の言い方をすると世界は仮説で満ちていて、どの仮説を選びとるか、ということだと思う。
あ、有次で買った包丁、きちんと研ごうっと。







あまりにさむくて今日は9月だと思いこんでしまった。8月31日のわけがない、と。
夏の終わり。さみしい。夏はどの季節が終わるより、さみしい。
でもだから、いいのだ。夏らしい夏だった。
また来年! バイバイ☆




# by nakamasa1107 | 2009-08-31 19:08 | 日々のこと | Comments(2)

2009年 08月 20日
ふたりぶんのしあわせ
お知らせです。

写真詩集がでました!!

私が写真、友人のカサイミクが詩。です。


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このお話を最初にいただいたとき、詩はぜったいみくりんしかいないと思いその場ですぐ、電話しました。いっしょに、やらない?と。よいできごとというものはやはり、ぽんぽん、と進むものでみくりんは第一声で即決。そして詩をたくさん書いてきてくれました。

そこには胸をかきむしりそうになるくらいの、すごい言葉がいくつもいくつも。
その言葉のあまりの生きているかんじに、あたしは、今までの写真をまとめようという考えが
その場でふっとび、ほとんど、撮りおろしました。ミク家でみっちりと撮りおろした写真も。
あのときの濃度が、この本の核になったなぁと思っています。

しあわせなきもち、そしてしあわせといつもともにあるせつなさが、シェアできるといいな、と思います。ぜひぜひ手に取ってみてください。







「ふたりぶんのしあわせ」(写真詩集)

写真・中川正子  詩・カサイミク
発売元:ピエ・ブックス
定価 1,280円(税別)
2009年8月発売


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あたしが中でもいちばんスキな詩は


今までの傷を、ぜんぶ見せて。


です。
うふふ。



# by nakamasa1107 | 2009-08-20 12:28 | 最近のオシゴト | Comments(9)

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