ああ、このきもちは何かにすごく似てると思ったら、旅の終わりと一緒だった。
空港でラゲージを受け取って、街に戻る。出会ったひとの顔が次々に浮かぶ。もう二度と会えないひとも、きっといる。目にした全てもあっというまに消えていくかもしれない。でも、忘れないと思う。すぐ忘れちゃうあたしのメモリはあっけなくはかなく忘れてしまうかもしれないけれど、少なくとも今は絶対忘れたくないとすごく思う。永遠に続くはずはないのはわかっていて、それだから、毎日がほんとうに愛おしくて。それからの日々のベースに確実に脈打つ、どくどくしたラウドな記憶。あーーー泣いたらおしまいだ。泣いたらあの楽しい日々がなんだかかなしいことみたいになってしまう。だから笑って帰ろう。そう思いながら電車の窓の外の光がじわじわとにじむ。
今朝、家を出て写真展の会場の搬出に向かいながら、トシオに聞かれもしないのにべらべらと話していた。「なんかさ、今回はこれ以上ないってくらいすばらしい体験だったから、不思議とかなしくないんだ」とか、なんとか。妙にはきはきと。
搬出の会場には一番についてしまった。同じ音楽を聴きながら、はじめて、ゆっくりとひとりで昼間の光で作品を眺めた。写真集を全ページゆっくりと、見た。ぐおっと何かがこみあげたけど、がまんした。泣いたら、だめだ。とめどもなさそうだし。内臓までずるっとでてきちゃうかもしれない。
そこにひょいってMAMIEちゃんが現れた。会いたくて、なんて言って。今回のドアの鍵をひょいって開けてくれてマミエちゃん。にこにこ笑ってきちゃったよ。なんだよ、いま来ちゃだめだよ。彼女のピンクのニットを見ただけでおいおいと泣いてしまった。なんだか、もう、何て言ったらいいのかわからないけれど、ほんとうに新世界が始まったよ、マミエちゃん。ドアは完全に開け放たれたよ。なんか、すごいよ。かなしいとか、せつないとかじゃなくて、ただただ、えんえん、まっくろけっけの目になりながらひとしきり泣いた。たぶん、それはこの期間中みんなから受け取ったエネルギーを空に放って、かつて持っていた何かをほんとうに手放した瞬間だったと思う。マミエちゃんとぎゅうぎゅうとハグしたあと、けろり、と泣き止んで写真を壁からぽんぽんと外した。
毎日毎日たくさんの方に訪れていただいて、あの場所はほんとうに不思議なエネルギーにぱんぱんに満ちていた。とても敏感な友人は、階段を登りきったら、ぶるっとした、って言ってた。そこに飾られた作品はすでにあたしの手を遠く離れ、それぞれのひとの人生の日々のどこかにひっそりと寄り添ったり、沈んだり、通り過ぎたり、していた。それはなんてすばらしい光景だったんだろう。
あたしは毎日同じ場所に通うだけだったけれど、北海道や東北、九州、パリやNYやロンドンから来てくださったひとも含め、いろんな方々がそれぞれの思いをもって来てくれていた。それぞれの思いをたくさん、話してくださった。何度握手して、何度ハグしたか、わからない。写真集にはできるかぎりサインさせていただいた。その方々のこれからの暮らしのどこかに、よい光となって存在できますように、と思いながら。ひとつひとつが旅の出会いみたいだった。そのときには気づかなかったけれど、あれは、旅だった。
今回の写真展、写真集が実現したプロセスはあまりにもスピードが速く、電動チャリに乗った経験のある方ならわかってもらえるかもしれない、あのかんじ、ペダルを踏む足はもちろん自分のものなのだけれど、一漕ぎすると毎度驚くほどのスピードがでる、あの、かんじがずっとあった。それは助けてくれる才能まみれの頼れる仲間の存在であり、サポートしてくれる家族であり、そしてなにより、見にきてくださる方々の放つ膨大なエネルギーであったり、だったと思う。
かつてはむずかしいこと、たいへんなこと、できるわけないこと、って思っていたことが、ちかごろは消え失せたように思える。もちろん、都合のよい魔法なんかなくて、体力的にはとんでもなくハードで、みんなの協力なしにはなーーーんにも、できないのだけれど。でも、あらゆることは驚くほどたのしく、あたまの中に虹色の麻薬がどしゃっとでていて、わくわくわくわくし続けているうちに、形になっている、という体験。なんてことなんだろう。うれしくてうれしくてありがたくて、かなしくない涙がつーーーーーーっと、出る。
わたしは自分のブログを二度と読み返さないので(推敲もちっとも、しないのです。だからいつも乱文及び、同じことばっかりきっと書いてて、ほんとにごめんなさいね!)もしご興味のある方にはわたしの代わりに見にいっていただきたいのですが(めんどくささいよね、そんなの!)、息子が生まれてまだ間もないころ、すごくジレンマのある頃が、ありました。息子はとんでもなく気絶しそうに、かわいい。でも、写真も撮りたい。思うように撮りたい。でも、自由がきかない、ああああああああああ。そんな頃。
あるとき、自転車を漕いでいるときだった気がします。くっきりとした絵、というか、ほぼ写真のようなものが頭の中に突如、降りてきた。それはあまりに突然で、あ、って小さな声をつい出してしまうほどの、衝撃。その絵の中であたしは、白い壁の、高い天井の、日差しの入るすごくきもちのよいギャラリーで、写真展を開いていました。そのころまだおすわりも会話も何もできなかった赤ん坊の息子が、その絵の中ではきゃあきゃあ言いながら走り回る立派な幼児になって、会場を駆け回るのを横目に。そしてそのあたしはものすごく幸せそうだった。
その絵はあまりに現実のようで、すでに起こったことのようで、育児でいっぱいいっぱいのあたし、子供が大きくなるなんて想像もできないほどにぱつんぱつんに必死だったあたしは、それでも、それが本当に起こることなんだ、と、妙に疑いもせず、すとんと腑に落ちたことを覚えています。
そっか、なんだ、そうなのか、と。
しばらくして、日々忘れゆくあたしの脳はその絵を引き出しの奥深くにしまいこみ、時はみるみる流れ、あれから2回目の冬が来ました。わたしは白い壁の、高い天井の、日差しが斜めに美しく入るギャラリーで写真展を開かせてもらっていました。あの絵とまるで同じだ、日差しの強さまでもが。そう、気づいたのは、つい、3日前のこと。なんて、ことなんだろう。
みなさん、ほんとうにほんとうに、ありがとう。みなさんのおかげです。
ありがとうございます。感謝してもしても、足りません。
また、どうかお会いできますよう。

写真集は明日より全国書店で発売になります。
取り扱い書店のリストはまた改めて載せますね。
写真集を買ったけれど私に会えず、とメッセージをくださった方々、よろしければこちらのコメント欄にご連絡くださいませんか?可能な限り対応させていただきたいと思っています!!!