ふさふさと桜が咲いていてどこにいても裏声みたいなので呼ばれている気がする。ひとつひとつは可憐なのに集合体だとあんなにも妖艶で魔力を持つのは一体どういうことなんでしょう。桜。サブリミナルに刻まれ脳の後ろのほうで揺れ続ける桜のせいで昨日は何度もきっとこのどうでもいいシーンをあたしはいつかずっと先になつかしく思い出すであろう(翻訳調)と確信するタイミングがありセンチメンタルがとまりませんでした。ほんとうにどうでもいいいつものシーンばかり。金曜の夜だというのにコンピューターの永遠に終わらないかのような遅い処理を待ちながらだんだんハイになってきてサビしかわからないくせにでかい声で歌いあげるレミオロメンの粉雪とか。ヒサトの日々加速するひどすぎる下ねたを聞いて助手席でゲラゲラ笑いながら見えた銀座の夜に輝くイチローの満面の笑みのユンケルのビルボードとか。ただいまとおかえりとか。
そういう、ディティールでスチールなかんじで。
でもきっとこういうどうでもいいことがうずたかく積もったときにそれは目黒川沿いのあの夜桜のかたまりと同じようにこわいくらい魅力的でこわいくらいはかない美しいものになるのであろう。永遠なんてものはこの世にはないのよということを微笑みながら突きつけつつ。
翻訳調に。非常に断定的に。思いました。
写真展、今日と明日で終わりです。桜が散る前にぜひいらしてください。