読み終わって3日も経つのにまだ内臓を圧迫するくらいにいつまでも響く。すごい小説を読んでしまって、ふとしたことがあたしの意識をすぐに物語の舞台ヘールシャムに秒速で引き戻す。じゃがいもを切る指先が。靴擦れでむけた足の指が。傘をさす人々の雨を蹴る靴裏が。
カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」。"Never let me go"という原題と表紙のコントラストの低いカセットテープの絵が、薄皮を剥くように近づくエンディングへのあの読書体験を否応なしに思い出させる。ネヴァーレッミーゴー。ネヴァーレッミーゴー。終わってからいつまでも頭に反復するその歌声は聞いたこともないけれど、どうしようもなく取り返しのつかないことがとめどなく続く恐ろしい夢みたいに、あたしの作ったメロディと声で、ずっと響く。
人を圧倒的に動かす芸術は、自分の中のどれだけの違和感と向き合い、選び、捨て、そしてそれをどんな方向でそこに置いたかで、その重さが決まると思う。芸術とは小説や絵や映画や音楽や料理に限らず、ただその人が生きるさまのことでも、いい。
違和感ではなく、震え、といったほうが正しいかもしれない。他の誰にも見えなくても、自分だけが感じ取れるその震えを見逃さないで向き合って、その成り立ちを暴いて分解して、そして自分が一番美しいと思う場所にそっと戻す。悲しませるもの、喜ばせるもの、どんな種類の震えも。
そういう作業をしていないものはどこかばらばらで、力なくそこにある。ていねいに勇敢にそこをくぐり抜けてきたもの/ひとには有無を言わせない強さがある。そういうものにとても、あこがれる。ついあまえる自分をゆるしながら、とても、強くあこがれる。
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こくち:
ともだちの森田麗華ちゃんと江端久美子ちゃんのinegalという展覧会。今日から
spiralの2階でやってます。ていねいにひとつひとつ作られたものばかり。二人のこどもに会いに行くような気分でぜひ見に行ってください。とてもスウィートな二人なので見かけたらお話してみてね。作る人の顔が見えると愛着もひとしお☆
salon de pinkのウェブサイトは
ここ。